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March 02, 2005

2004年度振り返り:レポート編(その2)

と、いうことで、前回の記事に引き続き、2004年度の(悪行)振り返りです。
惜しくも「B」評価になった課題のうちの一つを公開させて頂きます。(恥ずかしい...)
読み返すと、ボロボロですねえ。ブツ切れの内容で説得力ないですよね。
ホントに「悪い例」でございます。
これをリファレンスに「A」評価を目指してください。

--- ここから ---

【第2課題(a):装飾とデザインの相違点】

【1.はじめに】
 第1課題では、「装飾と民族」から「蛇文様」の章を、「技術と社会」から「モホイ=ナジ」を選択した。
このうち、「モホイ=ナジ」の章において、デザインについて、下記のように言及している一文がある。
「デザインをするということは、製品に対して、単に外観的な美しさを与えるためではなく、その製品を使う人々に対して、何らかの価値を与えるものでなければならない。」
 この一文だけで解釈してしまうと、製品において、「外観的な美しさ」を与えることが「装飾」であり、「何らかの価値」を与えることが「デザイン」であると捉えることができる。

【2.価値の付与】
 レインコートという制作物を制作することを例に考えると、レインコードにおいて、価値として必要とされることは「雨の中で使用できること」である。
雨の中での使用を可能とするためには、撥水性、あるいは防水性を持つ素材を選択することや、水が溜まりにくい形状とすること、水が濡れないような縫製をすることなどが考慮されるはずである。
価値を与えるためには、様々な要素の積み重ねが必要とされるのである。
 このように、一つ一つの構成要素を独立したものと捉えるのではなく、それらの要素を組み合わせたとき、生み出される最終形態がどのようなものになるかを導き出すことが「デザイン」をするという行為ではないだろうか。
 では、デザインの過程で、「装飾」はどのように存在するのであろうか。
同様にレインコートを例にすると、どのような形とするか、色使いをどうするか、表面に模様を付け加えるか、などの行為が、レインコートに対して「外観的な美しさ」を加えることになる。
しかし、その行為は、レインコートに対して、「雨の中で使用できること」という価値を生み出そうとする行為と比較すると、支配的、絶対的な要素では無い。
あくまでも「価値」イコール「機能」で考えると、色の選択においても、雨の中でも視認性の高い色を用いるとか、あるいは跳ね上がる泥が付着しても汚れが目立たない色を用いるというようなことが選択基準となるであろう。
機能の満足だけを要求すると「外観的な美しさ」とは離れたものになってしまう。

【3.関係の存在】
 「装飾」は対象とする素材・素地があってこそ、成立するように思われる。
「デザイン」が価値の創造のために、複数の要素を積み上げていく行為だとすれば、「装飾」は積み上げられたものに対して「装う」、あるいは「飾る」という付け加える行為ではないだろうか。
「装飾」を行う対象は、自らの肌や身体、身に付ける衣服やアクセサリー、建築物などであるが、それらは「装飾」に先立って既に存在しているものである。
参考文献『「装飾」の美術文明史』のなかに、「装飾」とは、『人間と世界、私と社会などの「関係」を造形言語で言い表そうとする積極的な表現』という一文があった。
 「装飾」が、既に存在するもの同士に「関係」を持たせるためのものであるとすれば、「デザイン」は、既に存在するものと「関係」を持つ、新しいものを造り出す行為なのではないだろうか。

【4.「装飾」と「デザイン」の共通点】
 第一課題にて「蛇文様」の章を題材としたが、それらの文様には、元々は、呪術的な目的や、崇拝、畏怖などの意図が有り、そこには、制作者からのメッセージが込められていたという。
そして、参考文献『常用デザイン』では、デザインには、「不特定多数の人達への明確なメッセージ」が存在すると記述している。

 文様においては、メッセージの対象は「人達」ではなく、神々や動物、死者などに対する「見えざるものへのメッセージ」であった。
しかし、時代を重ねていくとともに、「見えざるものへのメッセージ」という意味が希薄となっていき、形骸化された図案となってしまった。
その結果として、「見えざるもの」ではなく「他者」に対して、「美しさ」というメッセージを伝えるものになってしまったのかもしれない。
デザインは、当初から、他者とのコミュニケーションを取るための「メッセージ」としての位置付けが明確であった。
 このような「メッセージ」、つまり、何かを伝えたいという意図が「装飾」と「デザイン」との根底にあるものではないだろうか。

 「デザイン」から「装飾」の要素が抜け落ちてしまうと、無機質で何かしらよそよそしいものとなってしまい、また「装飾」が「デザイン」の過程で生まれてくるものとすれば、両者は切り離しては考えられないものである。

--- ここまで ---

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