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May 20, 2005

原点回帰?

仕事にも学習にも波に乗れない(ちなみに私はカナヅチ...)!!
なので、専門科目(デザイン)関係で初めて提出したレポートを読み返してみました。
「悩んだときには原点に戻れ」とも言いますしね。

最初に提出した科目は「デザイン論」です。
この第一課題では、テキストの前半部「装飾と民族」と後半部「技術と社会」から、それぞれ一つの章を選んで、要約とそれに対する自分の考えを述べると言う「お題」が課せられていました。今年度も同じなのかな?

改めて読み返すと自分で書いたことなのに、「おー、かなり忘れているな」と...

下記に挙げているのは、後半部に対するレポートです。
読み返すと、内容は稚拙ですし、異論・反論があるとは思いますけど、「これは心に留めておかないダメだな」という想いはあったんだよなあ...

この課題をもう一度やれと言われたら、今度はどの章を選ぶだろ?(参考文献の使い方はこのときより進歩しているはず!?)
でも、この章を選ぶ人は少数だと思うな。


--- ここから ---

『デザイン論』レポート(第1課題)その2
「2 技術と社会」より「モホイ=ナジ」について


1.「モホイ=ナジ」の章についての要約
 アーテストであり、造形の意味について研究した理論家であり、教育者であったモホイ=ナジは、バウハウスにおける教育理念、あるいは著書にて、近代社会における矛盾と混乱の原因が、機械文明という新しい文明が到来したにも係わらず、古い哲学の枠組みのなかでしか受け入ることができなかった人間自身の問題であったと述べている。

 モホイ=ナジは、人間の持つ根源的な性質や、知的あるいは感情的な欲求、そして心理面、肉体面での健康が相互関係で成り立っていると述べている。これが、「生物学的権利の宣言」であり、すべての健康な人間には、創造的なエネルギーを発展させる能力、および感覚的な体験を享受する能力を持っていると唱えている。
 また、運動する最中でも均衡を失わないダイナミズムを内包する人間を目指すことで、「動きのなかで見る」というデザイン哲学へ到達しようとした。

 次の節では、デザインは、家族生活、労働関係、都市計画、文化的市民として働くことなど、感情体験全体のなかにあると述べている。さらに、デザインすることは、『生活のためにデザインすること』が課題として根底に存在しているとしている。
生物体として、自然環境と同じだけの快適な技術環境をどのように建設できるか、また、自己目的的な活動である芸術と外向的な目的を持つデザインを区別することは未意味なことであると述べている。
 
 

2.「モホイ=ナジ」の章に対する考え
【1】
バウハウスにおいて、1922年春にイッテン、およびシュライヤーが辞職したことにより、「表現主義的」時代は終焉したという。
この年、バウハウスでは、グラピウスにより、新しい指導理念として「芸術と技術 - 新しき統一」が掲げられ、機械工業との結びつきと強調し、典型的な製品を創造することが宣言された。
 この時代は、機械化社会を反映した、大量生産、大量販売、そして大量伝達の世界へと移り変わっていく最中にあった。
 モホイ=ナジがバウハウスに招かれた時期は、このような変革の時期であった。
彼は、グラピウスの唱えた、新しい指導理念を体現する最大の功労者であったと考えることができる。

【2】
 モホイ=ナジは、ハンガリアの新進抽象画家であったが、内的関係を明らかにする抽象絵画を志向しながら、同時代のカディンスキーのような詩的で形而上学的な態度を取った訳ではなく、合理的・科学的な意図を基にし、人間をあくまでも生物の一種として扱った。
 人間が生物として持つ機能である生理的器官によって、色彩・明暗・形態・位置・方向が得られるが、これらには相互関係と緊張関係が成立しており、この相互関係と緊張関係を利用すること、作り出すこと、伝達することから絶対絵画の概念が生じると説いた。
 また、バウハウスでは、彼は、予備課程の教育において、「構成」、「静と動」、「均衡」、「空間」の見地から造形的な感覚と思考力を養うことを方針とし、特に「均衡」の訓練に重点を置いた。
 彼が形態親方として就任した金属工房は、当初の装飾的な金属工芸から機能的な実用品の生産に主眼が移っていった時期であった。彼の指導により、その傾向が強くなっていき、造形的、あるいは手工芸的な形態が、機能的で大量生産を考慮した形態へと発展していくのである。
 しかしながら、手工業から機械工業、または、装飾品から実用品への変遷という時流を掴みながらも、彼は単なる機械主義一辺倒の造形家ではなかったという。


【3】
全ての人々がデザイナーであり、また、芸術とデザインの共生を唱えたモホイ=ナジの考えが現在に投げかけるものは何であろうか。
第1節では、彼の著作である『ヴィジョン・イン・モーション』を引用し、生物学的機能とデザインとの関わりを述べている。
『ヴィジョン・イン・モーション』の序文では、「生物学的権利の宣言」として、生物学的機能こそ、環境のなかで変容を繰り返しながら行き続けてきた生物の基本であり、芸術における普遍性の基礎とした。
人間が生物である限り、自然環境のなかで生活することが一番快適なことのはずである。しかしながら、人間は機械社会によって自然環境から離れ、「技術環境」を作り出してしまった。
このような環境の変化においても、生物学的機能が保たれなければならない。デザインは、技術環境を人間にとって快適な環境へと置き換えるための手段として存在する。
良質なデザインを行うことは、人間にとっての生物学的機能を保つ方法となりうるのである。
 これは、第2節の冒頭で唱えられる『生活のためのデザイン』をいう言葉に繋がっていく。
デザイナーに限らず、すべての人々は生活している。その生活において、デザイナーによってデザインされた製品を使用することになる。デザインをするということは、製品に対して、単に外観的な美しさを与えるだけでなく、その製品を使う人々に対して何らかの価値を与えるものでなければならない。
しかしながら、バウハウスの機能主義は、結果的には、機能面を追及したデザイン、あるいは生産性を追及したデザインなど、機械技術の側に身を置いたものとなってしまい、モホイ=ナジの目指した、生物と物質の均衡・調和が取れたものとは食い違いが起こってしまった。
大量生産や大量販売を行うための技術や知識の習得だけがデザイナーに必要な能力ではない。モホイ=ナジは「社会的義務」という言葉で示しているが、製品を製造する機械の側に立つのではなく、それを使って生活する人間の側に立ったデザインを行うことがデザイナーとしての必要条件であり、義務であろう。
 そして、芸術、あるいはデザインとしての「美」と機能を果たすための「用」との関係、あるいはデザイナーとしての「自」とその製品を使用する人々としての「他」との関係など、2者の間には何らかの関係が存在するが、単にその2者を対立するものと捉えずに、2者の間に存在する関係の多様さを捉えることが、複雑化した社会に対する解決策の一つである。

【参考文献】
・ 利光功著 『バウハウス-歴史と理念』 美術出版社

--- ここまで ---

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