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October 07, 2005

「デザイン文化論」の課題

新しくなった情デの掲示板には未だ投稿したことはないのですが、本学サイバーキャンパスの掲示板に初めて投稿してしまいました。(正確には投稿に対するレスですが)
中身の薄いコメントでしたが、アドバイスになったのかなあ?

で、そのコメントに書いた「デザイン文化論」第一課題レポートの下書きが以下の文章になります。
去年出したものですが、課題内容変わってませんでしたね。
H先生の本を参考文献にしたのが、成功だったのかも!?
(と言いつつ、その本を含めて、5冊ほど参考文献にしてます。)

あっ、自分の課題しなきゃ...

--- ここから ---

☆ 「デザイン文化論」 第一課題(a)

1.はじめに
 日本における美意識の根底には何が存在するのであろうか。
その一つは、「間」という思考・感覚の存在であり、もう一つは「四季」という事象の存在であろう。 
 日本人の持つ「間」の感覚とは、時間・空間を一つの概念とするものである。
 このような「間」は、落語、能、狂言、歌舞伎などの伝統芸能にみられる会話や所作の切れ目、あるいは工芸品、絵画にみられる余白や余韻として存在する。
 また、日本には時の流れとともに移り変わる「四季」が存在する。特に日本は、地理的な関係で四季の区切りが明確である。
 日常における時節のあいさつや俳句における季語など、日本人に密接は関わりを持っている。
 「間」と「四季」は、日本文化の伝統だけでなく、衣食住という生活習慣を含めた日本人にとっての美意識の根底であろう。

2.着物の装飾
 日本女性の着物に対する装飾としては、「織り」により生地に装飾を施す場合、「染め」により生地に装飾を施す場合、そして「刺繍」や「摺箔」により生地に装飾を施す場合が存在する。
 テキストでは、奢侈禁止令により、金紗、縫、惣鹿子が禁止されたことにより、模様染めを工夫した結果として友禅染めが生まれ、さらには多様な意匠が育まれたという。
 友禅染めは、染料と染料との間に糊を置いて、お互いがにじまないようにする糊防染の技法が用いられており、この技法により、模様に応じて複数の色の染料を使うことが可能となり、文様的な模様だけでなく、絵画的な模様が生み出された。

3.洋服の装飾
 日本において奢侈禁止令が発せられた時代は、フランスにおいてはルイ14世の時代であった。この時期、フランスでも贅沢禁止令が発せられたが、服装の贅沢は貴族階級から豊かな市民階級へと広がり、結果として、貴族はさらなる贅沢と新しい流行を追い求めた。
 女性の服装では、女らしさの重要性が増し、細いウェストの女性的で優雅なシルエットが流行し、装飾として、リボン、レース、刺繍、シュニール、飾り紐がふんだんに使われるようになった。
 そういう点では、この時期におけるフランスの女性の衣装装飾では、衣装自体に装飾を加えるというよりも、衣装に何らかの装身具を加味することで成り立っているように思われる。
 衣装自体の装飾には、「織り」の技法も「染め」の技法も見られるのだが、花文様や唐草模様など、そこに描かれた意匠は、文様の域を出ることはなかった。

4.着物におけるデザイン
 ヨーロッパにおける「染め」の意匠の主流が文様であったのに対して、日本における「染め」の意匠が文様に留まることなく、絵画的な意匠へと広がったのは何故であろうか。
 要因の一つとして、源氏物語絵巻のような、紙絵や絵巻が絵文様として存在していたことが挙げられる。
 もう一つの要因は、染めの技法の進化である。緻密で、様々な色使いが可能となったことで表現の幅が広がったのである。
 この二つの要因によって、「染め」の技法による絵画的意匠が育まれていく。
 それは、複数の文様で四季を表現しようとした延長にある。イメージ化されていた文様が写実的なものへと移り変わっていくのである。
 結果として、着物という限られた領域に、季節感という統一性を持った対比するものを配置し、加えて、それらのもの同士に「間」という空間を存在させることで、広がりのある世界を構築したのである。

 参考文献『装うこと生きること』のなかに、谷崎潤一郎の『細雪』の章があり、「季節が代わるように、衣装を着替え、時を重ねてゆくのが、我が国の物語である。」という一文がある。
 装う者と見る者との両者に対して、四季の存在を一層喚起させる「デザイン」を施していることが、日本の着物の大きな特徴ではないだろうか。


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