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November 2005

November 29, 2005

すっかりクリスマス

先日、汐留ミュージアムに行った後、銀座に行ってみたのですが(本当は東京まで行くつもりだった)、まだ11月というのに、街中クリスマスモード。
JDN(Japan Design Net)の東京ショーウィンドウのコーナーもそれっぽい写真が載っていますね。
と言うことで、私も気になったものを載せてみました。
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でも、クリスマスの頃は京都なので(最終プレゼンの聴講予定)、あんまり関係ないですね。
四条辺りの居酒屋で一人酒か、大丸のお惣菜かな。

PS.なかなか外で魚の煮付けを食べれなかった(入った店のメニューに無かった!!)ので、しばらくぶりに自分で作ってみました。
なんと、久しぶりに好みの味が出ました!!
でも、配分(レシピ)を憶えてない。なので、次は味が再現できないような。悲しい...

November 27, 2005

日曜日の午後

某国営放送(バレバレ)の「日曜美術館」を再放送で見ていたら、本校キャンパス(人間館)が写ってました。
話題となっていたのは、卒制中間プレゼンの聴講に行った日に行われていたイベントに関して。

さて、今日は、レポート(建築文化論・第二課題)の題材を探して「一人フィールドワーク」。
とりあえず、アントニン・レーモンド設計した横浜山手のエリスマン邸と、BankART1929 Yokohama(旧第一銀行横浜支店)を駆け足で見学(というかデジカメに撮るため)してきました。
アントニン・レーモンドと言えば、伊勢佐木町の不二家ビルの方が、モダニズム建築という観点で良いらしいですが。
この2点ですが、ホントに自分自身でレポートの題材にしたいのか、本心では悩んでます。
自分の心の中へのインパクトが今ひとつ、のような気がして。

閑話休題。
関内から元町へ移動するために中華街を通ったので、中を見たことが無かった横トリの展示物「ヴィラ會芳亭」を見に行ったら、宿泊権利争奪ジャンケン大会への参加券(ジャン券)を係の方から貰いました。
ジャンケンで勝てば、来週の土曜日の宿泊権利が貰えるとか。(ただし、体験料は取られる)
ということで、ダブルベットを一人寂しく?使う可能性があっても、中華街で夜遅くまで居て、備え付けのプラズマテレビでDVD観て、と、こんな機会は無いということで、エリスマン邸の見学を少々早めに切り上げて集合時間に間に合わせました。
結果は、と言うと、25人程(少な!)参加してましたが、2回戦敗退。まあ、こんなもんでしょ。
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面白そうな本

深澤直人氏の「デザインの輪郭」という本を買おうか、どうしようかと本屋さんで悩んでいるときに、こんな本を見つけました。

建築文化シナジー「卒業設計で考えたこと。そしていま 」(五十嵐太郎編、彰国社)

第一線で活躍されている建築家が卒業制作期間で、どんなことを考えていたのかという対談形式の本のようです。
当たり前ですが、簡単には卒業させて貰えませんね...

でも、上の2冊は買わず、「Ex-formation四万十川」(原研哉ゼミ著、中央公論新社)を購入。
いや、モノ(この場合は川か)へのさまざまなアプローチ、ってのが面白そうだったんですよ。
さっき調べてて知ったんですが、この本の元となった作品は、M野美大基礎デザイン学科の卒制優秀作品みたいです。

モリスの講演会

同じ2004年度生(と行っても既に3年次課題に進まれてますが)のIさんにお誘いを頂いたので、汐留の松下電工ミュージアム主催のウィリアム・モリスに関する講演会を聴きに行ってきました。
途中の5〜10分程、夢と現実の狭間で危険な状態にあったのですが、2時間弱の間で、今まで知らなかったモリスに関することをいろいろ知ることができました。今後どういう形で生かされてくるのかは判らないですけど、ね。
そうか、モリスはプロデューサというふうに思ってたけど、先生が言っていた「地」の作家と言う考えもあるのか。(イギリス人は皆「危険な関係」が好きなのか???、という、下世話な疑問も生まれました...)

ところで、
Iさん、残り日数少ないので頑張ってね。
先日の学習会で一緒になった皆さん(Nさん、Sさん、Kさん)、来月の最終プレゼン、二日目に聴講(来年の下見?)行きますので、陰ながら?応援してます。

November 25, 2005

「建築物」を探せ!!

建築文化論・第一課題の結果が出ない。
でも、12/10に第二課題を提出することを考えると、そろそろレポートの題材を決めないといけない!!
(勿論、第一課題のクリアが前提だけど)

なんせ、次は、実際に「訪れた建築物」で印象に残ったものをレポートにすること...
印象に残った建築物はあるけど、レポートに昇華できるほどのものって、どこだろ?
法隆寺とか、清水寺とか、最後に訪れてから時間経っているので、記憶が薄くなってるし。
近場で探そうかな。といっても、この土日しか時間が無いなあ。

ところで、ここ何日か魚の煮付けが食べたいという衝動が!?
自分で作ると毎回味がふらつくし、なんか一味足りないので、居酒屋でもいいから熱々の出来立てを食べたいです。
ということで、明日こそは...

今月の「雲母」

今月の「雲母」を読んでいたら、来年度はスクーリング内容が見直されるそうで。
確かに一般家庭に暗室は無いな...(杉本博司氏は、少年期に自宅に出入りする大工さんに暗室を作って貰ったそうだが)
さて、どんな科目ができるやら。来年度のシラバス来たらゆっくり考えよう。
今のところ、転籍/休学/退学の予定は無いし。あっ、そろそろ来年度学費の調達計画を立てないとなあ。

ところで、今月号で、「真夏の交流会」レポートが掲載されてますが、しっかりと写真が載ってました。ハズカシイ...
ちなみに、メガネ+ポニーテールの男性は、日本ドッジボール協会の理事で、ドッジボール漫画を某小学生雑誌に掲載されているMさんです。(今年度入学の情デ生)
Yuckさん、記事とともに後姿の写真が掲載されてますね。

November 23, 2005

京都に苦しむ?

今日は祝日です。
いい天気だなあ。
京都は人で一杯なんだろうなあ。確かに、南禅寺山門や東福寺通天橋と紅葉との組み合わせは素晴らしいけど、紅葉を見に行ったんだか、人を見に行ったんだか、みたいな状況は嫌だなあ。限られた期間/場所でしか味わえないというのが辛いんだな。

さて、そんな観光シーズンまっただ中の京都とは別の「京都」(=京都学のレポート課題)に苦しめられ続けているので、なんとか打開しないと。
先日、相国寺に行ってみたのは、レポートのテーマが室町期〜戦国期で、相国寺がキーワードとして出てくるので、その繋がりで行ってみました。
そしたら、法堂には三代将軍足利義満の木像が。思わず、貴方に苦しめられてます、と呟いてみたり。(って、自分のせいなんだけど...)法堂は特別公開だったんですかね。天井の龍に哭いて頂きました。

デザインの発想

11/22の日経新聞夕刊を読んでいて、下記の文章が気になりました。
「自然をデザインに取り入れようとするとき、えてして壁面に森や波を漫画的に描く手法を用いがち。そうではなく、自然の奥に潜み、そのカタチを操る原理や法則を目に見えるように抽出する。」

これって、プロダクト1の事前課題に繋がることなんじゃないかな、と思った次第。
表面的な見方だけではダメなんでようねえ...

今週は、テキストも読まずに、帰りの電車でこの本読んでます。
■「ヴィジョナリーズ ファッション・デザイナーたちの哲学」(スザンナ・フランケル著/ブルース・インターアクションズ)

この本は、ファッションを牽引する20人以上のデザイナーとのインタヴューをベースに、その発想の原点を探ろうとするのが主旨なんでしょうか。私としては、もう少し踏み込んだ内容として欲しかったなあと言ったところ。
でも、こんな本は少ないので、貴重です。

November 22, 2005

緊張と緩和(その2)

引き続き、土日の出来事。

土曜日は、望天館に半日居ただけですが、緊張と寒さという洗礼を頂きました。加えて腰の痛みも。(これは年のせい、かな)
聴講で一緒になったKさんとSさんは、日曜日で来月のプレゼンの準備をされるということで、日帰りされるとのこと。こちらは、お気楽に日曜日は観光... なんか申し訳ないです。
で、乗車したバスが途中で渋滞に遭遇したりしましたが、四条烏丸で別れることに。

四条烏丸では、夏のスクーリングでお世話になった、COCONにある「LISN」でお香を購入。
都内(青山)でも店があるのに...
そのあとは京阪四条まで移動し、そこからホテルのある天満橋へ京阪で移動。
晩ご飯は、天満橋(というより谷町)の居酒屋で魚料理を堪能。この店、2年前に来たことが有り、機会があれば、また来たいと思っていたところ。

翌日の日曜日は、秋の京都を(駆け足で)体験してみました。
新幹線が、京都発14時半だったので、ホントに駆け足でしたが、東福寺、実相寺、相国寺と三カ所を巡ってみました。東福寺と実相寺は観光客で一杯でした。両方とも、団体客が入る前に一通り鑑賞できたので良かったんですけどね。
しかし、東福寺の参観者は多いですね。市バス路線の5系統沿いにある紅葉の名所はもっと凄いんだろうなあ...

November 20, 2005

緊張と緩和(その1)

この週末は、京都に行ってきました。
土曜日は卒業制作の中間プレゼンの聴講を、日曜日は関西に来たのでちょっと観光をして来ました。

土曜日は午後から聴講だったのですが、その日にはタイポグラフィ学会の一般講座が開講されることになったので、集合時間の10時半に間に合わせるように久しぶりに早起きしました。
新幹線の車中、周りの人達が軒並み京都ガイド本を持っていたのに気がついたのですが、やっぱり観光シーズンの京都は大変です。
本学の周辺への影響が少ないですが、本学への移動は大変でした。三条から本学・瓜生山キャンパスへのバスは満員で、叡山電鉄の始発となる出町柳は待ち合わせの人で一杯。勿論、叡山電車は満員です。ヒャ〜!!
四条からうちの学校へバスで移動しようとすると、なにげに紅葉の名所が集中しているんですよね。

なんとか時間に間に合い、午前は夏スクでご一緒した方とともに「タイポグラフィ学会」の一般講座を聴講。心無しか、ちょっと「どよ〜ん」と沈んだ状態で講義終了。(原因は、JISの改変)
午後は、卒業制作の中間プレゼンを聴講。5時間弱で16人。聴講する側もかなりハードです。
というか、聴講している方も緊張します。
ところで、本来、卒制の担当では無いのですが、今回うちの学科長が参加されており、初めて「生」で姿を見ました。

ということで、総勢7人の先生を前に対象の方がプレゼンされました。最終プレゼンまで3ヶ月ということで、この時点で方向性が定まっていない人には忌憚の無いコメントが投げられますが、思った程キツいコメントでは無かったですね。(結構、想定内のコメントか?)

この時期ではまだ軌道修正ができるからということなのかもしれません。皆さんの完成度も、かなりまちまちでしたし。
今回、16人の諸先輩方のプレゼンを聴きましたが、「今の段階で、このプレゼンでいいんですか?」という方が居なかった訳ではないです。
あっ、自分はどうなるかは判りませんよ。この時期でも、発想が全然浮かばないかも...
ところで、当たり前のことかもしれませんが、作品の表現するために写真を使うのであれば、写真としてのクオリティ(ピンの甘さを解消するとか、構図に工夫するとか)を上げてほしいとのこと。それって、なにげにハードル高いなあ。

来月は、今回一緒になったお二人が三年次スクーリングの締めとなる「最終プレゼン」を受けられるとのこと。既に聴講申し込みが完了しているので、自分への参考とさせてもらうためにも、聴講させてもらうつもり。思いっきり凹んだりして...

November 19, 2005

この土曜日は、本学キャンパスへ。
午前はタイポグラフィ学会の特別講演を聴講し、午後は卒制・中間プレゼンを聴講する予定。
とにかく、新幹線に乗り遅れないようにしないと...
京都駅に着いてから特別講演が始まるまで1時間ちょっとあるので、移動時間は十分。
9時始まりのスクーリングだと、北大路で時計を気にしながらタクシー乗り込むことになるけど、今回はそんなことにはならない、はず。
余裕有りすぎて、寄り道して遅刻、というパターンにならないかが、心配と言えば、心配...
なんせ、観光シーズンですから。

November 18, 2005

ちょっと怪しい...

ちょっと怪しいタイトルですが、下記の本を購入してしまいました。

■ 「肉体美大全」 (ジュリアン・ロビンソン著、東洋書林)

タイトルからは、サブカルチャーのコーナーに置いてありそうな本?ですが、ちゃんと美術書のコーナーに置かれていました。違う本を探していて、偶然見つけてしまい、衝動買いしちゃったんですよ。

なぜこの本を購入したのかというと、昨年度で単位を取得した「身体デザイン論」でテーマの一つとなっている「身体変工」に関して、浅く広く書かれていたからなんです。
人は、ファッション/モードによって外観の変化を加えるだけでなく、自らの身体まで変化させてまで自己を表現しようとするのか?
既にレポート提出してしまっているので、大学の課題とかには関係無いですけど、この分野は個人的に興味があることなので、読んでみようという感じでしたね。
もっとも、これから「身体デザイン論」に取り掛かる人は、比較的読みやすい文章なので、参考になるかもしれません。

でも、この本、写真やイラストなどの図版が豊富なんですが、ちょっとドギマギするようなものが含まれているので、心構えが必要かも...

November 16, 2005

うぅ、冬の足音が

横浜も最低気温が10度以下となる時期となってきました。
雪国育ちなのに、寒さに弱く、加えて冷え性という悲しい体質?では、横浜で生活しているとは言え、冬の生活はツライです。
というか、雪国では、防寒・暖房設備がしっかりしているので、実は横浜の方が身体が冷えるような気がします。(特に脚先とか...)
そうそう、関東や京都の「冷え」と雪国の「寒さ」との違いがあるんですよね。
「冷え」は、滅茶苦茶、腰とかに来るんですよ...(年齢のせいか?)

November 15, 2005

集中力無し!?

「卒制/中間プレゼン」の聴講を申し込みしたので、今度の土曜日は夏スク以来、久しぶりの京都行き。
日帰りはちょっと勿体ないな、ということで、土曜日の夜は泊まりにして、日曜日の午前はのんびりとしてから戻ってくることにしました。
でも、宿の確保をしたのが先週ということで、京都のスクーリングでいつも泊まるホテルが取れなかったので、宿は大阪・天満橋になっちゃいました。京都で紅葉見たいので、京阪で京都に戻ってくるか...

と、まあ、そんな感じなので、来週の土日でレポート作成することはないだろうと言うことで、この週末は土日とも図書館へ行ってきました。
と、言っても午後の2時間位しか居ませんでしたが...
いやあ、相変わらずの集中力無しです。

November 12, 2005

来週の土曜日

来週の土曜日は、卒制の中間プレゼンを聴講する予定。
という訳で三ヶ月振りの本校キャンパス。
聴講希望者は「13時までに会場へ入ること」とのことなので、スクーリングの当日移動よりはのんびりと移動できるなあ、と思っていたんだけど、研究室のお知らせでは、同日の10時半から、タイポグラフィ学会の特別講座があるとのこと。こっちも聴きたい...
と言うことで、新幹線の指定を購入済みなんですが、「変更」かな。

閑話休題。
う〜ん、8日にレポートを提出してから、他の課題に全然手を付けていない...
2月までにレポート×3、課題制作×1、なんとか終わらせたいなあ。(絵に描いた餅?)
あっ、レポート通ったら試験対策しないとダメなのね。レポートとパラでできるのかな。
その辺、全然考えてないや!?

November 08, 2005

建築文化論

「建築文化論」の第一課題。
速達で学校へ郵送することにしたので、あと一日は推敲の時間が取れるのですが、相変わらず最後の「粘り腰」が出ない性格なので、現段階の内容で提出することにしました。(どうして手を抜きたがるのか...)
当初の予定ではもう一つレポート課題を提出する予定だったのですが、こっちは全然手が付きませんでした。というか、こっちの方は再提出なので、さすがに安易に提出することは控えた方が良いかと。

一つ課題が終わったばかりですが、今年度の残り時間を考えると次の課題(専門の制作課題もあるぞ!!)に着手せねば、と思いつつ、なぜか、最近名前を知った「ゲハルト・リヒター展」を急に観に行きたくなりました。
でも、開催しているのは千葉の佐倉市。う〜ん、横浜からではちょっと遠い。
上野の森美術館の「ガンダム展」にするかな。こっちは休日だとが混雑していそうだけど...

November 06, 2005

トンネル内CM

先月、汐留に「モリス展」を観に行った後、表参道のNADiffへ行こうと、新橋から東京メトロ銀座線に乗ったとき、駅と駅との間で、窓の外から広告のようなものが目に入りました。
地下鉄なので、窓の外を見ていてもしょうがないのですが、本を読む気にはならなかったので、ボーッと外を見ていたら、そんな光景が...
で、今日の日経新聞を読んでいたら、サブメディア方式という手法を使って、溜池山王〜赤坂見附間で、15秒間だけ窓に映像(CM)を映すようにしているとか。ふ〜ん。
前述の通り、ボーッとしてたので女性が映っていたことしか憶えてないなあ。

November 05, 2005

「造形論」の添削結果

「造形論」の添削指導評価票が戻ってきました。

ふむふむ...
■人々が「聖」と「俗」とを区別するときの一般的な基準についても明確にしたほうが、内容が充実する。
■「アート」においては、一般的に俗的なもののほうが評価が低いが、そのことと、各作品の主題や意味とを結び付けると、複合的な見方ができる。

というような改善点をコメント頂きました。まあ、一言でいうと「底が浅い」レポートだったということか...(関係ないですが、先生が使っているワープロのフォント、デカイッす!?)

では、提出したレポートを下記に...

--- ここから ---

「聖/俗」という対概念について


 この課題では、まず対象とする対概念を選択しなければならない。
「右」と「左」という対概念も興味深かったが、今回、私が選択した対概念は「聖」と「俗」である。

 「聖」とは何だろうか。高貴で、犯すこと、汚すことのできない存在のように感じる。
では、「聖」の対象とはなんだろうか。
「聖」の対象としては、我々の眼に見えるものと見えないものがあると考えられる。
勿論、「聖」自体は見えるものでは無いので、受け手がどのように感じたかという主観によるものであろう。
実際に眼に見える「聖」には、人(聖人)や道具(聖書、聖剣)などがある。
また、眼に見えない「聖」には、人間の想像上での存在(神、天使)や空間(聖地、聖域)などがある。
ここで、「空間」という言葉を用いたが、「聖地」と言われる場所は、人が見ることができても、実際には、その場所に存在する地面や、石、木々などの構成要素が見えているだけで、その場の空気や、その場に居る人間が肌や頭で感じる感覚まで含めた「場」が見える訳では無いと考えている。

 宗教上の聖人・聖地・聖書など、単にそれを題材とするだけではなく、俗の「場」への聖の「もの(物・者)」が存在するとき、あるいは聖の「場」への俗の「もの(物・者)」が存在するとき、そのギャップにより、「聖」という存在が際立ってくるのではないだろうか。
このように「もの」と「場」という2つの「聖」なるものが存在するという仮定において、「聖」と「俗」との対概念で作品を考えてみたい。

 最初の作品は、フランソワ=エドゥアール・ピコの「アモルとブシュケ」(図1)である。
 この作品では、天使と女性の二人が描かれている。二人が一緒に一晩を過ごしたあと、寝入っている女性を起こさぬよう、静かにベッドから抜け出そうとしている場面に見て取れる。
髪の毛と顔の眉毛や睫毛以外には、体毛を確認できない外見が無垢なる印象を与え、加えて、背中に羽があることで、聖なる存在である「天使」があることが伺える。
しかし、ベッドに横たわる女性が、シーツで下半身が覆われている状態であっても、衣服を身に着けない、全裸で状態であることは明白である。
眠るという日常行為と寝室という日常空間に存在する天使という異質な存在。
 「俗」な空間へ「聖」なるものが投げ込まれたとき、我々が感じる奇妙な感じはなんだろうか。我々が日常を過ごす空間であるため、聖なる存在が急に同じ位置に降りてきたかのような感じでもあろうか。
そのため、急にこの絵がエロチックなものと認識してしまう。

 次の作品は、ポール・ドラローシュの「若き殉教の娘」(図2)である。  
 この作品では、水面に横たわる若い女性の姿が描かれている。
その女性の両手は身体の前で交差されるとともに紐で結わえられているが、その顔は苦しんでいる様子は無く、穏やかで、水の揺らぎに任せて漂っているように見える。
しかし、彼女の置かれた場所は何処であろうか。また、上に居る男性の姿は何を示そうとしているのであろうか。闇に包まれそうな状況でもあり、闇が押し戻そうとしている状況にも見える。聖なる場所から彼を排除しているのであろうか。
そして、彼女の顔の上に浮かぶ金の輪の存在が、この空間を特異なものとして際立たせる。この輪が在るからこそ、「聖」という印象を与えてくれるのである。

 次の作品は、ヘルムート・ニュートンの「Castello di Rivoli」(図3)である。
 ヘルムート・ニュートンが対象とする女性は、ヌードという姿でありながら、均整の取れた身体付きが、現実離れした印象の方が強く場合が多いので、エロチシズムというよりも、ある種の「聖なるもの」としての感覚を覚えることがある。
この作品では、ドアを一枚隔てることで、ドアの手前の「俗なる空間」とドアの向こうの「聖なる空間」の二つの空間が存在するかのように思えてくる。
しかも、もう一つ鏡の世界が存在するのである。実は、鏡の世界が「聖なる空間」であり、ドアの向こうに実在する場所は、「俗」と「聖」の緩衝地帯、あるいは門のような空間かもしれない。とすれば、真ん中の椅子に座る女性は、「俗」と「聖」の門番であろうか。
そして、鏡に映る女性は、日常の世界から「聖」の世界を伺っているのかもしれない。
この作品は、モノクロ写真であることが効果的である。それはあくまでも、作品を見る人々の意識によるかもしれないが、この写真がカラーであれば、鏡に映る女性の姿を含めて全てが、我々の置かれた「日常」と同化してしまい、「聖」という存在が感じられないものとなるであろう。

 次の作品は、ギュスターブ・モローの「復活」(図4)である。 
 この作品の背景を知らずに見たときの衝撃はなんだろうか。
宙に浮く首という日常ではあり得ない光景と背景が未完成であるために、闇の中から浮かび上がってくる壁や柱の文様などが混然となって、異質な空間を生み出している。
しかし、首だけとなった彼の視線の強さと、首の周りに描かれた光が闇を照らし出す神々しさを感じさせることで、それが「聖」なるものとの印象を強く与えるように感じられる。

 次の作品は、グスタフ・クリムトの「医学」(図5)である。
 この作品は、最初に展示された場所も含めて考えるべきであろう。
「医学」という題材でありながら、聖書では悪役となっている蛇や、死者の象徴とも言える骸骨の姿が描かれているのである。
「医学の聖域」に展示することを所望した依頼者が、完成した作品を撤去するように迫ったというエピソードとともに語られる作品ではあるが、生から死に至る人間の生涯と、絡み合う人間世界の混沌、そして、それに対する医学の処方(蛇を象徴として示している)
を与えるという視点には、作者が「聖」なる意識を持っていたと考えられる。
しかし、そのような視点にも関わらず、依頼者(いわゆる「俗物」)たちに否定されてしまったのが残念である。

 次の作品は、武部本一郎の描く「火星のプリンセス」(図6)である。
 この作品は、エドガー・ライス・バローズが書いたSF小説「火星のプリンセス」の日本版の表紙である。
SF小説の世界であるから、背景には想像上の火星の世界が広がっている。
しかし、その想像上の世界に対して、中央に佇む女性には、憂いを含んだその横顔から高貴な印象を受ける。この絵の作者が女性を描くときの手足のか細さがその印象を一層引き立てる。いわゆる空想小説と言われる俗物的な世界であるからこそ、この女性の「聖」的な要素が際立っているように思える。
この表紙を初めて見てから20年以上経つが、いつまでも強い印象を与えてくれる作品である。

 最後の作品は、荒木経惟の「センチメンタルの旅・冬の旅」の中の一枚(図7)である。 
 この作品は、荒木氏の妻、荒木陽子さんの葬儀のときの写真である。
葬儀という空間と死という出来事は、日常と非日常の狭間にある。平素の日常生活の延長にあるのに、無意識のうちに意識しないよう、心の奥底に閉じ込めている自分の「死」の場面の一シーン。
自分以外の「死」の場面に遭遇することで、自分の死への恐怖や不安を感じるとともに、その壁を越えてしまった者(死者)に対して、畏怖の念、つまり「聖」なる感覚を覚えるときがある。
この写真では、棺の中で眠る彼女の顔が穏やかなものであり、まるで「聖母」のような印象を与えるのである。この印象からも日常から隔絶した「聖」の存在を感じてしまう。

 冒頭、「聖」には、「もの」と「場」という2つが存在すると仮定した。
宗教的な観点で見ると、「聖」の対象は、気高い存在であるとともに、崇拝の対象であり、敬うべき存在であった。
今回取り上げた作品の中には、宗教で述べられた事象を題材とした作品もあるが、宗教的観点とは異なった「聖」へのアプローチが見受けられ、いわゆる宗教画とは異なる世界が展開している。
つまり、宗教画では、描かれている「もの」(者・物)は「聖」なる存在であり、また、描かれている「場」も「聖」なる空間であった。

 「聖人」という言葉に対して「俗人」という言葉がある。しかし、「聖域」という言葉に対して「俗域」という言葉は聞いたことはない。「俗域」という言葉は無いが、この場所は、我々のような普通の人間が日常生活を送る空間と考えてよいであろう。
 「俗域」、つまり、日常空間(あるいは日常生活)との隔たりがあるからこその「聖」という存在が際立ってくるのではないだろうか。
 今回取り上げた作品は、「聖域」への「俗人」への侵入、そして「俗域」への「聖人」への降臨という観点が存在すると考えている。

 我々は無意識のうちに、日常生活・日常空間を取り囲む壁が存在していることに気が付いているのかもしれない。従って、この壁を乗り越えたものに対して異質な感覚を覚えるのであろう。
それが「俗」と「聖」の対立ではないだろうか。

■ 参考文献
・飯沢耕太郎著『写真について話そう』角川学芸出版、2004年
・深井晃子著『ファッションの世紀 共振する20世紀のファッションとアート』
平凡社、2005年

November 04, 2005

気力、低迷中

次のレポートの締め切りも近づいてきたので、気を入れていかないとダメなのに、この数日間は全然レポートに着手していない状態ですね。
昨日の文化の日も、都内の目黒区美術館へ「イームズ展」を観に行っている暇など無いなあ、と思いながら、結局、近場の横浜・そごう美術館に行って「アンコール・ワット展」と観てしまいました。(同じ横浜駅近くの書店に参考文献を探しに行ったついで...)

石像の展示がメインだったのですが、柔らかい曲線による体形の表現と装飾品や衣服の意匠に対する繊細な表現に感嘆しつつ、図書館でレポート書いて無くていいのか、と反省していた次第...
でも、「クメール建築における世界観」という文章に、ちょっとレポートの糸口が見つかったかも。

まあ、「イームズ展」はレポート提出が終わってからにします。
「建築文化論」は、郵便か窓口での受け付けないので、来週の火曜日の夜に郵便局持ち込みを目標にしてなんとか形にしたいですねえ。

November 01, 2005

造形論

10月の締め切りに何とか間に合わせた「造形論」の結果がサイバーキャンパスに載っていました。
可もなく不可も無い成績(=B)ということで...
今までで、一番短い時間(足掛け3日間)で書いた割には、その成績には結果オーライといった所かな。
どんな講評を貰っているのか?これにはかなり気になるけど。

とにかく、この一週間は、サイバーキャンパスの提出状況を開くたびに、同時期に送付した別課題の評価結果(=D)が嫌でも目に入っていたので、それを見ずに済むのがいいな。
さて、リトライ目指すか...

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