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December 2005

December 31, 2005

良いお年を

仕事納めはしましたが、学習納め?とはなかなかいかないようです。
結局、仕掛かり中のレポートは年内で完成しませんでした...
気分転換で、スパイク・ジョーンズのDVD観たり、雪かきしたりしましたが、テーマを深く掘り下げられず、という感じ。(一年振りの雪かきで腰に来たかも)

と言う訳で(どういう訳だ?)、このブロクに立ち寄られた皆様、懲りずに来年も書き続けていきますので、よろしくお願いします。
では、良いお年を。

December 30, 2005

只今、帰省中

年末年始のお休みは12/29~1/3の間ということで、昨日29日の午前中は大掃除らしきことを。フローリングの床を雑巾がけしただけです。なので、かなり手抜き。
午後は図書館で本を探して、コピーだけして帰ろうと思ったのですが、移動の途中で12/29から休館であることに気付き、がっくり。
とりあえず関内まで出て、タリーズコーヒーで、本日のコーヒーを飲みながら、「安藤忠雄の美術館・博物館」(美術出版社)を読んで、ちょっとメモ取ってという感じで時間を潰しました。朝のうちに休館に気付いてたら、もっと別の過ごし方があったのに...
年賀状書くとか。(12月は休日がバタバタしていたので、全然手付かず)

今日30日は、8時過ぎの飛行機で実家へ帰省。
空港が混んでいるという懸念と、空港で朝食にしようということで、1時間前に到着するように早起きをして行ったら、混んでいたのはチケットレスの発券機の前と荷物預かりカウンタのみ。懸念した手荷物検査場はガラガラの状態。やっぱり第二ターミナルが出来た効果は大きいのか。
秋田も晴れていたので、途中で揺れることもなく、ましてや着陸不可でUターンってこともなく無事到着。
秋田空港からは空港バスで秋田市内まで移動。去年の暮れはほとんど雪は無かったのに、さすがに今年は一面の銀世界でした。
実家に帰る途中、兄弟がピックアップしてくれるということで、秋田駅前のスタバで時間潰し。カフェアメリカーノを飲みつつ、「建築文化論」の構想を練ってみました。さてさて、帰省中でどのくらいレポートは進むんだろうか?
夕食はキリタンポ鍋。ということで、すでに破綻しそう...

December 29, 2005

仕事納め

昨日は仕事納め。
と言いつつ、来年への持ち越しのアイテムがあるのですが、まあ一区切り付けて、年が明けてから新鮮な気持ちで取りかかろうかな、と。

さて、昨日は会社が15時過ぎで終わったことなので、六本木ヒルズの森アートギャラリーへ「ヴィヴィアン・ウエストウッド展」を観に行ってきました。
横須賀市内の最寄り駅から1時20分かけて大江戸線の六本木駅まで。地下30mから外へ出たら、すでに辺りは夜の気配。

展覧会の方ですが、実は彼女の作品はそんなに見たことが無かったので(パンク系のものくらいかも。ナナが着ている服もそうだったっけ?)、初期から現在までを回顧するという今回の主旨は私にとっては大助かり。マルコム・マクラーレンをパートナーとしてパンク系(またはストレートなセックス表現)を中心としていた時代から、あるときを境にいろいろな方向へと拡散して行ったという服飾デザイナーとしての進化みたいなものが感じ取れるような展示となってました。
で、自分として感じたことは、まずは「性差が強調されている」ということ。
これは、女性の持つ「曲線」を強調するような服が多く、加えて、コルセットの多様で身体そのものを変工し、更なる「曲線」の強調を図っていることからも、強く感じました。
あとは、複数の素材を組み合わせて、服の表面に変化を与えているところも印象的でした。
(すみません、この辺の説明が舌足らずで。上手く説明できるようになったら、いつか書きます)

当然というか、観覧している人のほとんどは女性で、ネクタイ姿の会社員は私一人という浮いた存在でしたねえ。

そのあと、ヒルズ内のアートショップで専門書を物色。ちなみに、「ヴィヴィアン・ウエストウッド展」の展示カタログは無く、展示内容も収録されている写真集が売られていましたが、この写真集、8000円とかなり高額でした。杉山博司氏の展覧会カタログ(6000円)より高いぞ!!
ヒルズの後は、近くの青山ブックセンターでも本の物色。ちょっと気になる本があったけど、自宅に積まれた本を思い出して踏み止まりました。この2店で居た時間は、展覧会の見学時間より長かったような...
六本木に本探しに行ったのか、っていう感じ。

December 27, 2005

ちょっと微熱が

先週一週間は、イラストの「50ノート」に集中したり、聴講会に行ってみたりと、久しぶりに緊張感に満ちた感じだったんですが、その緊張感が途切れた途端、ちょっと風邪気味になってしまいました。
横浜の自宅より京都キャンパスの方が寒かったのに...
そう言えば、この前の土曜日に京阪電車で大阪から京都に向かう途中、京都に入った頃から下半身が妙に冷える感じを憶えました。やっぱり、京都は底冷えするところなんでしょうかねえ。
でも、この時期は観光客が少ないので、寺社や仏像を見るには良いはず。お庭の花は期待出来ないですけど。

ところで、「建築文化論」の第二課題のテーマは、今回見学した大山崎山荘美術館にすることになりそう。
本館と新館の対比という観点もありますが、「ホワイトキューブ」を脱却して、打ちっぱなしのコンクリートと曲面をそのまま生かした展示室という発想の面白かったし、美術館の有る環境も含めて良かったので、それらの印象をレポートに生かせればいいなあ、と思った次第。なによりも記憶が新鮮なので。年末までに下書きを仕上げたいですねえ...(そうしないと、実家へお持ち帰り!?)

December 26, 2005

「デザイン5 最終プレゼン」の聴講

さて、先日の土曜日は「デザイン5 最終プレゼンテーション」の二日目を聴講させて頂きました。
この日プレゼンされた方は16名。ノートを見返したら、11月に聴講させて頂いた「卒制 中間プレゼン」でプレゼンされた方と同数でした。
今回は最終プレゼンということで、何はともあれ作品ありき。
前日のプレゼンでも一人居たそうですが、この日も企画だけという人が一人居ましたけど、評価を下す先生の方は大変そう。
F先生は、企画書を最終形態として評価することも有りだからとコメントしていましたが...

先生達のコメントをノートにメモっておいたので、ランダムに列記してみると、こんな感じ。

■ メディアの特性/特質が生かされた作品なのか?
■ 作品としての奥深さはどうか?
■ 表現する技法が最適なのか?
■ 物の見方について、角度を変えたときも検証してみたのか?
■ 色の与える印象について考えてみる
■ テーマとして一番のポイントをどう表現するかを徹底的に考えてみたのか?
■ いろいろな要素を折り込み過ぎてテーマがボケてしまっていないか?
■ 作者の思いが画面に表現されているのか?
■ 表現の幅広さの必要性
■ 全体のバランスへの配慮(前半に対して、後半の展開が弱い)
■ 映像説明のテロップの必要性への考慮
■ 文字と映像との関連性への考慮
■ ストーリーを解説するだけの映像となっていないか?
■ 逆説の発想
■ 音の必要性への考慮
■ 視点とその解釈

個々の作品に対する具体的なコメントの内容は勿論違いますけど。言わんとしていることは同じなんですかね。
「卒制 中間プレゼン」でのコメントとも同じなのかな。ただし、こっちは中間なので、企画書のみのプレゼンというのもありましたが。

で、自分なりにちょっと考えてみると、今回は、あくまでもデザインという視点での作品制作なので、自分自身のメッセージを明確に具現化というのが根底にあると思ってます。「自分自身の」というところや、表現の手法・技法に縛りが無いところがあるので、アート系作品みたいな感じになることもあるか思いますが、他者にメッセージやテーマがちゃんと伝わらないと意味が無いように思えます。
この1年の(2回目の)2年次生活で、以前みたいにアートとデザインを区別して考えることは無くなったので、それらを融合した作品にたどり着ければ、来年は「デザイン5 最終プレゼンテーション」にトライしたいですねえ。それまでに表現力や技法についてもいろいろ吸収しないと...(果たして辿り着けるものなのか!?)

三連休は関西へ

この三連休は、土曜日に「デザイン5・最終プレゼン」の聴講があったので、金曜日と日曜日を移動日として京都に行ってきました。
どうせ三連休でこっちに居てもやること無いし、マイレージの特典航空券が1往復分残っていたので、それを使えば、2泊しても平素の交通費の片道分しかお金がかからない、という訳で。
でも、この計画が良かったのか、悪かったのか...(訳は後述)

金曜日は、午前中はゆっくり寝ていたかったので、午後の便にしたら、ちょっと飛行機が遅れてしまったせいもあり、伊丹空港に着いた時点で15時過ぎ。特に何処かへ行く予定も無かったので、何となくなんば行きのバスへ。

なんばでは、大阪高島屋をグルッと廻ってデジカメで撮影したり、なんばパークス行ってみたり。
なぜか、ワッハ上方横のジュンク堂で30分以上も本探し。ゴスロリ姿の女性が多いので何かと思ったら、獄本野ばら氏のサイン会でした...
ジュンク堂って、横浜の本屋さんより専門書が豊富なんですよね。
その後は、法善寺横丁、戎橋という観光客の定番コースを経由して、心斎橋の大丸へ。(何処行っても人多いっす...)残念ながら、既に日が暮れていたので、大丸の装飾の詳細はあまり確認できず。でも、クリスマス向けの飾り付けはキレイでした。最後は、ホテルへの移動のために、御堂筋線の心斎橋駅へ。ここもDOCOMOMOにリストアップされた場所なので、デジカメで一枚。
ホテルに向かう途中、先月も行った居酒屋へ。ここは魚がメインなので嬉しい。店員が憶えていたので、ちょっと嬉しい...(変な客だったから?)
ところで、天満橋と間違えて天満のホテルを予約してました。哀しい...

土曜日は本学で聴講。
出町柳駅を出たら、雪が残っているところがあるだけでなく、ほんの少し雪が降ってました。
マフラー用意してきて良かったっす。あっ、前日手袋買っておいたのも良かった。実は、伊丹空港着いた時点で片方落としていたのに気付いて、コンビニで買っちゃったんですけどね、(手袋が無いと実家に帰ったとき大変)
「デザイン5・最終プレゼン」は、プレゼン参加者が少なく、15時過ぎに終了。16時半までと思ってたけど、後片付け終了時間でした。ホテルに入るのは早いので、図書館で17時まで過ごしてました。ホテルへ行こうとしたら、プレゼンに参加されたKさんと一緒になったので、作品や制作の話などを伺いました。参考になりました。
ホテルに向かう途中、四条の居酒屋へ。店長さんが「一年で一番暇です...」と苦笑してましたねえ。

日曜日は、アサヒビール大山崎山荘美術館へ。
開館直後だったこともあり、のんびりと見学することができました。
ところで、なぜここに来たのかというと、「建築文化論」の題材になれば、と言うことで。
昭和初期に建造されたものを修理補修した本館(山荘)と安藤忠雄氏によって新たに設計された新館、そして周囲の環境とが融合した素晴らしい空間でした。美術館としては展示数が少ないですけど。
100年位前のオルゴール(一日に4回だけ動かすそうで)の奏でる音色と、冬の柔らかい日差しが差し込む2階のホールで過ごした時間はちょっとした「至福」を感じさせました。
そのあとは、梅田へ。と言っても、空港バスの出発時間まであまり時間がなかったので、阪急梅田の辺りにある立ち呑みの串カツ屋で昼食。大阪来たら粉モノ食べたかったけど、どこも人が一杯で...
と、言っても串カツ屋(注:あくまでも立ち呑み屋)もほぼ満員だった。もう、真っ昼間から呑んでるなんて、って、私もか。ちなみに生小一杯だけです(言い訳...)

ところで、この三連休は聴講にしたのですが、実は26日に「50ノート」と提出しようと、17日から着手していたので、課題をホテルや本学の図書館でも継続していたのですが、80%位しかできませんでした。あわよくば、この日曜日で京都か大阪の郵便局で発送すれば、月曜日の締め切りに間に合うと思っていたのですが...
聴講に来なければ課題を提出できたかもしれませんが(あるいはホテルで徹夜作業?)、プレゼンされた方の内容や、それに対する先生方のコメント、また、同じコースの方々から伺ったいろいろな話も重要ですからね。課題はもう2回締め切り有るし。あっ、聴講の話はまたの機会で。
Iさん、Kさん、Nさん、Sさん、プレゼン、お疲れさまでした。(呑んでばかりですみません... )

最後に、ジュンク堂で気になった本です。
「三都建築散歩〜大阪、京都、神戸」(矢部 智子, 清水 奈緒著、ブルース・インターアクションズ)
前述の大山崎山荘美術館も載ってます。
思わず買ってしまいそうになりましたが、「いつ見にいくの?」ということで衝動買いを回避。ふぅ〜...

December 23, 2005

先週の公開講座から

先週あった芸術学コースの公開講座で取ったメモを読み返していたら、石内都氏が、会場(日本館)の大理石の床の装飾(黒地の大理石に模様が施されていたとのこと)がくどかったので、モノクロの展示作品と床との一体感を出すために、いつもより展示の高さを低くしたというような話をされていたことをメモっていました。

大理石の床の上に別のものを敷き詰める案もあったそうですが、建築家の意図を尊重しつつ(大理石であることを生かして)、折り合いをつける案を考えられたとのことです。

この話を聴いていたら、卒制の中間プレゼンでの先生のコメントを思い出しました。
そのときは作品を制作することだけではなく、制作した作品をどのように展示するかも考えないとダメみたいなことを話されていたとの記憶があります。
奇しくも同じような観点での話となったので、自分も気を付けないと、と再確認したのでした...

今年最後の三連休

今年最後の三連休が始まりました。
恋人や家族のためのクリスマスは全然関係無い人ですから、仕事のプレッシャーから開放されるだけが救いかな。
でも、24日は京都キャンパス(デザイン5・最終プレゼンの聴講)に行くので、のんびり休日という感じでは無い。
京都への移動もあるし、1月の試験や次の課題提出の準備もある、っていう感じで、なんとなく学業のための三日間という感じ。
そういえば、関東以外は結構天候悪いようなので、無事に移動できるかも心配。望天館の寒さも不安要素だなあ。

December 20, 2005

なんだかなあ...

「いつものからだが、アートになる時。」というサブタイトルに惹かれて雑誌を買ったら、美容師さん向けの雑誌でした。買う前に気付けよ、ってな感じ...

今年もあと10日程なんですね。
学校関係も、やり残したことがあるので、今になってバタバタしてます。
専門(デザイン系)のスキルも、この一年でどのくらいスキルアップしているんだろうか、と不安になるばかり...

てな訳で、発想のキッカケが得られればということで、
「世界のインパクトある広告コレクション」(ピエ・ブックス刊)
って本をパラパラと眺めてます。
本読んでるだけだと、身に付かないのにねえ。

December 18, 2005

芸術学コースの公開講座

昨日は本学の芸術学コース主催の公開講座に参加しました。
本当は余裕で日本橋の会場(サテキャンでは無い)に到着するはずだったのに、途中で横浜のヨドバシカメラに寄ってしまったので、開始5分前に会場に到着した次第。ふ〜っ。

この公開講座は、芸術学コースのスクーリング科目「芸術計画演習1b」の中の授業の一部を一般に開放したものとのこと。
今回のテーマは、「国際展における日本」を考えるということで、今年のヴェネチア・ヴィエンナーレの日本館のコミッショナーとなった笠原美智子氏と作品を単独で出展された写真家の石内都氏を招いてのエピソード、苦労談や作品にまつわる話などを伺いました。
なによりも、第一線で活躍されているキュレーターとクリエーターの話を間近で聴かせて頂く機会というのはかなり貴重!!
そう言えば、去年の日本館は「オタク」がテーマだったんですねえ。
なんで笠原氏が石内氏の個展に至ったかという背景に「オタク」があったとは...

ところで、石内氏の"Mother's"については、「マザーズ2000‐2005未来の刻印」(淡交社)を書店で立ち読みしただけなんですが、そのなかで、かなりの衝撃を受けた作品がありました。(その衝撃については、又の機会で)
そんな衝撃を受けた作品の作家を目の前で見れるなんて...
入学するまでは、こんな体験は考えられなかったなあ、と思っちゃいました。

December 17, 2005

酔った勢い?

水曜日には、うちのプロジェクトチームの忘年会がありました。
平日の開催ということで、二次会も無く22時くらいでお開き。まあ、次の日を考えずに飲むような人が居ないところなので...
で、私はと言うと、電車で帰宅する人達と別れて、忘年会の会場近くの本屋さんへ。閉店するまで1時間あったので、そこで本をチェック。
アルコールが入っているので、読みもしない本を大量に買い込み、「やっちまった」状態になる危険性は高かったんだけど、まだ理性が残っていたみたい。
ここでは、小松崎茂の本と仏像の本とを見比べて、結局、「日本仏像史」(美術出版社)を購入。
でも、よくよく考えると、「なぜ、このタイミングで、この本を買ったのか」という感じ。
確かに、先日の一般科目のスクーリングで観音像が気になったけど、レポート出し終わったし...
やっぱり、酔った勢いなのかな?

December 15, 2005

期間限定

世の中がそんな感じになってきたので、うちのブログもレイアウト変えてみました。
このブログを読んで頂いている皆様に、サンタが「プレゼント」を与えてくれますように。

December 13, 2005

年末「度」進行?

世の中は「年末進行」なのかもしれませんが、仕事上、年末進行に関係ない私は、どちらかというと学業に対する「年度末進行」状態。
ついこの前までは未だ余裕と思っていたのに...

最終締め切りが2/10と言っても、単位試験受験が伴うレポート教科は、実質1月の締め切りが最終なんですよね。
とりあえず、一般科目に対する予定は下記の通りなので、なんとか消化しないとね。

12/14 :「地域文化演習f」スクーリングレポート提出(必須)
1/10 :「建築文化論(第二課題)」レポート提出(必須)  
1/10 :「日本文化論(第一課題のみ)」レポート提出(努力目標)
1/14 :「造形論」の単位取得試験(申し込み中)
2月  :「京都学」/「建築文化論」/「日本文化論」の単位取得試験(レポートが合格したら)

不確定要素が満載ですが、なんとか乗り切りたいところ。
えっ、専門科目の課題制作はどうしたのか、って。それは更なる努力目標です...
やっぱり専門科目って、スクーリングとか、学習会とか、なにかしら脳をアイドリングさせておかないと、頭の切り替えが難しいなあ。

December 11, 2005

東京懇談会

昨日の夜は、サテキャン(東京SC)の懇談会に参加しました。
開始が17時半なので、都内で展覧会を観ようかなどと考えながら、うちを出たんだけど、途中で「BankART 1929 Yokohama」に寄ってしまったのが誤算...
この「BankART 1929 Yokohama」では、12/10と12/11の2日間は「art×book fair」というイベントを開催中。美術館やギャラリーのカタログや、個人出版物の展示とともに、購入できるということで本好き(なのか?)にはたまらない企画。でも、入場料取られるのがイタイ。
ということで、入場料のモトを取り返そうとするかの如く1時間半以上チェック。
世田谷美術館のコーナーで展示会カタログを2冊、大原美術館のコーナーで展示会カタログを1冊購入したけど、サラ・ムーンとやなぎみわの展示会カタログの購入は断念。

そのあと、都内に潜入(!?)したけど、結局、新橋から日本橋まで散歩することに。
途中でINAXギャラリーのショップで専門書見たり、タリーズでコーヒー飲んだり。
日本橋三越の本館、電飾ハデです!!
逆に、開館したばかりの三井ビルのほうは落ち着いた感じ。

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中に入りたかったけど、懇談会の開場時間が近付いていたので、外観だけ。

懇談会には、日中ガイダンスが有ったと言うことで各コースの先生も参加されてました。(うちの情DはN原先生)
今回、歴史遺産コースとか、芸術学コースとかの学生が多かったんですかね?参加者の平均年齢がちょっと高めでした。
かなり参加者が多かったですが、情Dは少数派。
情Dの参加人数では、顔見知りの方が4名、初めての方が2名というところまでは把握しましたが...
ちなみに写真、アニメは更に参加者が少なかったそうで、それを気にしたのか、アニメのO西先生は挨拶の際、コース転籍希望者を募ってました。
さて、今週もK田先生が参加されており、開会の儀として法螺貝の響きが教室に広がるとともに、終盤は「神道ソングライター」として、F村先生の操る懐中電灯の光(スポットライトではない)を頼りにワンマンライブ。
N原先生が学生の話に加わったので、情Dだけで集まった感じになって他コースの方との交流ができなかったのが残念でした。
と言う訳で、今回もK先生の写真で締め!!(あえてフラッシュを使わなかったので、結構怪しい...)

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December 09, 2005

レポート出したけど

今月のレポート締め切りがもうすぐなので、とりあえず、「K都学(第二課題)」だけ提出。(今回で3回目ということで伏せ字。でもバレバレか,,,)
とにかく「三度目の正直」と行きたいところです。いや、マジで。

今月に提出を目標としていた「建築文化論(第二課題)」は、結局題材が決まらず。
で、なんかきっかけになればということで、こんな本を購入。

「近代建築を記憶する」(松隈洋著、建築資料研究社)

この本やDOCOMOMOでピックアップされているような「日本のモダニズム建築」を題材にしようか、法隆寺のような「いかにも日本らしい(?)寺社仏閣」を題材にしようか...
早めに題材決めて12月中で実物を見に行きたいなあ。ということは近場かな。

おっ、日付が変わったので、今日は賞与支給日だ。でも、学費口座へ直行!?

December 07, 2005

「地域文化演習」の二日目

二日目の12/4(日)は朝9時に銭洗弁天に集合。

鎌倉の鶴岡八幡宮には、年に1回は来ることがあるけど、銭洗弁天なんて10年以上訪れたことが無かったなあ...
銭洗弁天(弁財天)は、鎌倉駅から徒歩20分程の距離で、源氏山の麓にあります。
道路から岩をくり貫いたトンネルをくぐって内に入ると、三方を岩で囲まれた境内が現れます。
その岩肌の所々から湧き水が流れてというような感じ。ここは源頼朝がお告げによって発見したと言われています。でも、うちらのような凡人には、ここの水でお金を洗うと「お金が増える」という言い伝えの方がインパクト高し。
冬の朝ということで、うちら以外の観光客はほとんど居なくて、弁財天が祭られている洞窟(お金の洗い場ともなっている)は、50人以上の学生で貸しきり状態となりました。その洞窟で、K先生の法螺貝が鳴り響くと言った具合です。
ここでは、もうひとりの水の神、宇賀神が二つの宮で祭られており、それらを含めてグルリと参拝。
まさに、トンネルをいう産道を経て母胎に入るかのような感覚に陥ります。

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銭洗弁天の次は高徳院(鎌倉の大仏と言うほうが判りやすいですが)へ徒歩で移動。
高徳院では、院内の一室を借りて、途中昼食を交えつつ2時間半程座学となりました。この座学では、それまでに見学した寺社、神社に対する補足説明など。
途中から雨が降り始めたので、その後に見学する予定の寺社、神社に対する説明も。(ご住職の奥さんのご好意で、鎌倉名物の「鳩サブレ」もおやつとして頂きました)

鎌倉の大仏では、観光客の姿が多数見られましたが(とは言え、雨模様で、しかも冬となればかなり少ない)、大仏前で皆で合掌後、K先生の法螺貝。
多分、周りの人は妙な宗教団体と思ったに違いない...
ところで、鎌倉の大仏が今回の対象となったのは、この大仏の建設のキッカケが、源頼朝の待女の言葉によるということで。奈良の大仏(東大寺)が国家プロジェクトであったのに対して、鎌倉の大仏が民衆の手によるもの(寄進を集めたのが寺院だとしても)だったというのがポイントだそうです。

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長谷駅から江ノ電で次の見学場所へ移動するとき、乗り切れないのではないかとの懸念がありましたが(江ノ電は3〜4両構成なので、休日は満員に近いことがある)、ここでも観光客が少ないお陰で無事乗車。その寒空の元で、七里ガ浜や稲村ガ崎でサーフィンをしている姿を見つつ、20分程で江ノ島駅へ到着。

江ノ島駅から江ノ島へは行かずに、まずは龍口寺へ。
この龍口寺は、かつては刑場で、日蓮を処刑されかかった場所。なぜ、処刑を免れたかというと、直前になって天変地異が発生(一説としては流星群の飛来)して兵が恐れおののいてしまったとか。という訳で本堂で合掌と法螺貝でお参りしたあとは、鎌倉では珍しい五重塔を見学。
裏山の石段を上がっていると、下界が妙にうるさい。
K先生がチェックすると、これから向う予定の江ノ島に消防車が向っているとのこと。「法螺貝で応援するか」という先生の言葉にちょっと苦笑。

10分程橋を渡り江ノ島へ。
江ノ島では、沖津宮、中津宮、そして奥津宮があるということで、雨の中、石段を上下しつつ、全ての宮を参拝。なんでも、江ノ島は日本三大(あるいは四大)弁天の一つとか。

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実は江ノ島は初めて。奥津宮までは結構距離が有りました。(島の北側を廻ればショートカットできるけど、全部の宮を廻るコースをとると大変)
中津宮では、二つの弁財天(八臂弁財天と妙音弁財天)も見学。希望者のみとしていたのに、結局全員で見学。妙音弁財天は裸像で、白肌を曝け出した姿は妙に艶かしい色香を放っていました。(神様、そんな姿でいいの?という感じ)
そうそう、最後の奥津宮では天井を見るようにというのが先生のお言葉。何があるかは、実際に見てね。(って、そんなに期待しないでね)

雨が止みそうも無いということで、奥津宮を最後に解散。時間は16時前でした。
希望者は岩屋洞窟を見学してね、ということでしたが、うちに帰って洗濯しようと思って、早々に退却

帰路、奥津宮から小田急江ノ島駅までは歴史遺産コースの方と、また江ノ電の江ノ島駅から鎌倉駅までは写真コースの方と一緒になったのでお話を伺ってみました。
歴史遺産コースの方は、来年度は卒業論文に取り掛かる予定とかで、レポート課題の消化が大変と言われてました。
写真コースの方は、60歳半ばの方で、ピンホールカメラでの作品制作に興味があるとのこと。自宅の風呂場を暗室にして奥さんに怒られたとか(物置を改造することを計画中とのこと)、デジカメを使った授業があるので、パソコン教室に画像処理の仕方だけ教えて貰うように頼み込んだとか、そんなエピソードを伺いました。
写真コースは今年度93歳の方が入学されました。それは極端な例として、私が60、70歳になったときに、大学で学んでいこうという気力が生まれるのかと考えてしまった次第です。でも、また入学するとしたら今度は写真コースだな。

ところで、今回のスクーリングは、応募者が多数だったので、今回と2月の2回開催になったとか。
K先生って、人気者?(ということで、最後はこれでしょ)

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December 06, 2005

「地域文化演習」の初日

この土日は、「地域文化演習f」ということで、鎌倉まで。

初日の12/3(土)は午後からスクーリング開始。
まずは北鎌倉の東慶寺から。
ここでは、ご住職から、時折、ユーモア(御本人は、寒くなるギャグと言われてましたが)を交えて、東慶寺の成り立ちや、本堂や書院にある仏像や書に対するお話を聴かせて頂きました。
東慶寺と言えば、昔は縁切寺だったことで有名ですが、駆け込んできた女性を養うために、幕府から高利貸し業を営む許可が出ていたこと、そしてそれがY銀行(私の学費振込の口座が有る)の前身となったということは知りませんでした。
また、徳川幕府公認の縁切寺は、2つ(鎌倉と群馬)しか無かったとのこと。これも、今回、初めて知りました。
東慶寺では、墓地に眠る鎌倉文人達のお墓へ。ここには、岩波書店の創設者や小林秀雄のお墓とか有るんです。

東慶寺の見学が一通り完了したあと、今回の学習のテーマがK先生から伝えられました。
それは、「女神信仰と鎌倉を支えた女性という観点」で体験すること。
日本で初めて幕府という「男社会」が築かれた鎌倉で、それを支えた女性(あるいは女神)を体感してほしいとのことでした。(ちなみに、東慶寺は、豊臣秀頼の側室の息女の言葉によって、縁切寺として徳川幕府に承認されたそうです)

東慶寺の後は、徒歩で鶴岡八幡宮へ。
今回の参加者は、学生53名とK先生、事務ということで55名の大所帯。
東慶寺から鶴岡八幡宮までの約20分、誰が学生で誰が一般の観光客だか全然判らない...

鶴岡八幡宮では、まずは参拝。
初めて公式な形での参拝を経験しました。(玉ぐしの奉納とか、巫女さんの舞とかの儀式が加わる)
そのあと、宮司さんより、宝物館や境内にある若宮や白旗神社、そして流鏑馬の会場(この鶴岡八幡は毎年9月に流鏑馬が開催される)を案内されました。

初日の最後は、同じ鶴岡八幡宮の境内にある、神奈川近代美術館へ。
閉館30分前に入場となったので、駆け足で見学となった次第。

さて、初日のK先生の「法螺貝」登場は2回でした。
一回目は東慶寺のご本尊で、二回目は白旗神社で。白旗神社では、外人さん達、何事かとびっくりしたのかなあ。
あと、東慶寺の鈴木大拙のお墓の前で、笛の演奏も有り。これって、鎮魂の曲だったのかな。

ところで、この日は、朝にアラレが降ったり、乗ろうとした電車が車両点検で遅れて集合時間ギリギリになったり、ついでに、今シーズン一番の冷え込みということで、スクーリングの途中から鼻水が出てたり..(失礼)
ということで、いろいろあった初日でした。ちなみに、この日は誕生日でした。(ビミョ〜な年齢になってきた)

December 03, 2005

「師走」その2

今月の週末は、なぜか学業絡みの行事(?)が一杯。
3日と4日はスクーリング、10日の夕方が東京SCでの懇談会(ふと思いついて申し込んじゃいました)、17日が東京SC主催の公開講演会の聴講、24日が「デザイン5・最終プレゼン」の聴講...
展覧会にも行きたいけど、合間をぬって図書館にも行かないと。最近、自宅では集中できないので、課題進めるには図書館行って数時間でも頑張んないとね。
そうそう、21〜23日に「情報論」のスクーリング確定してるんですが、平日は仕事でバタバタして状況なので(いつもは年末は平穏なのに)、キャンセルとなりそう。
でも、平日に一日(あるいは、午後半日でも)余裕ができれば、六本木ヒルズのアートギャラリーに行きたいなあ。

「建築文化論」の添削結果

「建築文化論」(第一課題)の添削結果が戻ってきました。

「わかりやすいレポートに仕上がってます」というお褒めの言葉が冒頭にありますが、結局は主張しようしたことが複数の観点へ拡散したものとなってしまったので、焦点がボケたレポートとなってしまった、というのが問題点だったようです。(あと、2点でAだった。惜しい!!)
たしかに、何でも盛り込んでみようという「幕の内弁当」(?)のようなレポートでした。
もっと、一つの主張に対して突き詰めて行かないとダメなんだろうな...
専門の制作課題は「独自の発想」、レポート課題は「独自の観点」かあ。はぁ〜

December 02, 2005

師走

なんだかんだ言っているうちに今年も師走です。
仕事も学業も積み残しが一杯なので、このままでは年末年始には実家でレポート/課題作成と単位試験対策かなあ...

さて、今週末は鎌倉でのスクーリング(地域文化演習)です。
徒歩での移動もあるので天気がかなり気になるところですが、なにやら日曜日は天気が崩れそう。
関東は気圧配置の関係で、冬は晴れが多いはずだが。なんとか持ってほしいなあ。

ところで、このスクーリングでは、「神道ソングライター」(!?)のK先生が担当されるのですが、聞いた話では、一般人の視線を気にせずに法螺貝を吹くことがあるとか。見たいような、見たくないような、微妙な気持ち...

December 01, 2005

建築文化論の結果

建築文化論・第一課題の結果が出ました。
それなりの評価だったようで。
ということで、レポート内容を下記に掲載します。
あまり参考にならないとは思いますけど、ね。
今年度は「A」と評価にご無沙汰してます...

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1.はじめに
 私の唯一の海外経験は、インドへの滞在である。
 この滞在は、仕事が目的であったため、観光地を巡る訳でもなく、国際便から国内便の乗り換えのために経由した首都デリーと、仕事先となった電話局のあるウッタル・プラディッシュ州の州都ラクナウ、それぞれの市街の一部しか目にすることができなかった。

 デリーには、旧市街であるオールドデリーと、イギリス統治後に建設されたニューデリーが存在するが、インドに訪問した初日に見ることができた国会議事堂付近は、整備された道路と整然とした建築物が印象的であった。
 また、ラクナウでは、市の北部にあるイスラム教の寺院(大イマームバーラ複合体)やトルコ門が印象的であった。
 しかし、その短い滞在期間の中で、特に印象に残っている建築物と言えば、帰国当日に見たオールドデリーにあるフマユーン廟であろう。世界遺産の一つとなっているフマユーン廟には、なによりもその建築物を含めた空間が持つ、規模の大きさに圧倒されたという記憶がある。

 現在のインドではヒンドゥー教とイスラム教が二大宗教である。
この2つの宗教の関係は、友好というよりも対立するケースが多く見受けられ、テロリズムという最悪のケースで表面化することも少なくない。
そのような解決できない側面がありながら、フマユーン廟など、イスラム教の帝国による支配下で建設された遺物が往時の姿を留めたまま存在し続けるという事実は感嘆すべきことであろう。

2.タージ・マハルの特徴
 このレポートでは、フマユーン廟と同じムガール帝国の時代に建設されたタージ・マハルを題材としたい。
 そこで、タージ・マハルについて論じる前に、フマユーン廟について簡単に述べておくこととする。(1)
 フマユーン廟は、ムガール帝国の第2代皇帝であるフマユーンを埋葬する廟建設である。
四方庭園の中心に90メートル四方の墓壇が配置され、その墓壇の中央にはドームが置かれている。そのドームを囲むように四方に小ドーム(チャントリ)を配する構成をとり、ドームは白大理石で、その他の外壁は赤砂岩と白大理石が組み合わされている。

 対して、タージ・マハルの外観はどうであろうか。
参考文献『世界のイスラーム建築』によると、タージ・マハルの特色として、下記の3つがあるという。(2)
一つめは、白大理石の土台に対して、色大理石、あるいは翡翠や瑪瑙などの貴石を埋め込むとともに、描かれた植物紋や文字紋が建物全体を覆うようにして「象眼細工」が施されていることである。
二つめは、ドーム屋根とドーム天井が分離された構造をとる「ダブルドーム」の手法が取られていることである。
三つめは、廟が広大な四分庭園の奥に位置しているので、四分庭園の中心を貫く参道を進むにつれて、次第に廟が大きく膨らんでいくという「人間の感覚をコントロールする手法」が盛り込まれていることである。

 このうちの3番目の特徴については、タージ・マハルという建築物に対する特徴というよりも、建築物を含めた空間がもたらすものである。そういう意味では、テキストのなかでは、白亜のドームを始めとする様々な建物がヤナムー河の川面に映る光景が、「水面から飛び立つ白鳥の姿」を演出している、というようなことが書かれている。これは、その空間全体、テキストで言うところの「湾曲海岸」がもたらす特徴であった。
 つまり、タージ・マハルにおいては、建物が持つ魅力に加えて、空間(あるいは場)の魅力が人をひきつけるのではないだろうか。

3.タージ・マハルとフマユーン廟との対比
 前述した3つの特徴のうち、ダブルドームは、フマユーン廟にも取り入れられている手法である。ドームの四方にチャントリを配す構成も同じである。
また、外側のドームに対して同じ白大理石を使用していることから、一見したとき、最初に白いドームが目に入る。
フマユーン廟を手本としたタージ・マハルのドームの頂点は、フマユーン廟と同様に天を目指してそびえ立ち、その大きさとともに見るものに感嘆を与える。
加えて、ドームの高さがフマユーン廟より高く、また、タマネギ型のドームは、ドームの直径の最大部分から下の部分、タマネギでいうと2/3くらいの部分が建物から浮き出たような状態となっているため、天を目指すという姿だけでなく、宙に浮きあろうかというような印象も与える。

 このため、タージ・マハルでは、ドームの「白」の印象が強い。フマユーン廟では、同じ白いドームでありながら、その姿が控えめのため、ドーム以外の建物の「赤」の印象のほうが強い。
同じく若くして亡くなった第五代皇帝シャージャ・ハーンの妻ムムターズ・マハルの「気高さ」、「美しさ」を象徴するかのような白い外観のタージ・マハルと、若くして亡くなった皇帝フマユーンがこの世に対して残していった「情熱」を象徴するような赤い外観のフマユーン廟。同じ廟でありながら、「白」と「赤」という対比が存在するのである。

 また、フマユーン廟とタージ・マハルを比べるとき、両者の一番の違いは空間配置ではないだろうか。
遠くから見ると他との交わりを排斥したかのように見える白亜のドームには、実際には精緻な装飾が描かれているということ、あるいは廟の手前に配置されることで外界と廟との間に緩衝地帯を設けたかのような四方庭園と、ドームに負けないように、天へと突き進む象徴であるかのように存在するミナレット。
同じイスラム教建築である、テキストで紹介されているトルコのアーメディアやハギア・ソフィアなどとも違いはどうだろうか。
 ドームとミナレットを有するという点や、四方対称となっている建築物の構成、そして彩色模様が施されている点などの共通点はあるが、トルコの寺院における内部空間の精緻な表現に比べて、タージ・マハルでは、内部空間の表現が平凡である。
 トルコとインドという国の違い、あるいは建造された時間の隔たりが、その外見に対して大きな印象の差分を与えているようにも思える。

4.タージ・マハルへの想い
 タージ・マハルのことを考えるとき、幾つかの疑問が生じる。
 それは、現代の女性たちは、この廟という存在をどう考えるのであろうか。自分が死んだあとの「死者のための巨大な建造物」を彼女たちは望むのであろうか。彼女たちは、その愛を生きている自分たちに注いで欲しいと望むのではないだろうか。
 ムガール帝国の第五代皇帝であるシャージャ・ハーンは、このタージ・マハルの建造によって、亡き妻への愛の深さを示そうとしたのであろうか。あるいは、巨大な建造物を造ることによって、妻を奪った天(あるいは神)への抵抗を示そうとしたのであろうか。
 権力者、あるいは為政者の墓廟ではなく、妻のための墓廟。
 完了前に自分が死んでしまうかもしれないのに、20年以上の年月を費やして建造されたという事実は強烈な印象を与える。
 しかも、シャージャ・ハーンは、ヤナムー河を挟んだタージ・マハルの対岸に、自身の廟を、黒大理石で建築しようしていたという。
実際には、タージ・マハルの建築費用が国家財政を逼迫したために、王子によってシャージャ・ハーンはアーグラー城に幽閉されたため、その計画は実現されることはなかった。
実現されなかったが、ヤナムー河を挟んだ空間に置かれる「白」と「黒」という対比は、壮大な計画であった。

 しかしながら、夫から無き妻への愛の表現に対して、我々は第三者であり、そして、単なる傍観者である。その傍観者であるにも関わらず、タージ・マハルへ訪れ、その美しさに感嘆するという行為は、もしかしたら、死者となった二人を敬う行為であるとともに、ある種の儀礼・巡礼なのかもしれない。

さいごに.
 ヒンドゥー教には、遺体の埋葬という習慣が無く、遺体は「自然に還す」ものであったという。つまり、死者を墳墓に入れて弔うという行為はイスラム、つまりムガール帝国による統治がもたらした物であるという。
宗教と民族の混濁する国であるインドにおいて、ヒンドゥーとイスラムとの建築様式が融合することは成しえたのであろうか。
 少なくとも、タージ・マハルでは、その純白の外観によって、その混濁とは対照的な特別な空間を生み出しているように思える。黄昏時の陽の光を浴びて白亜のドームが朱にそめられる瞬間など、その時々で見せる表情の変化をみると、自己主張が強い混濁の世界から離れて、すべてを受け入れるかのような空間を形成しているようである。

 タージ・マハルは、「宮廷の冠」という意味があるという。
 しかし、私には冠というよりも、白亜のドームが巨大な涙の一滴にも見える。妻ムムターズ・マハルの天からの涙を、夫シャージャ・ハーンがタージ・マハルの墓壇で受け止めようとしていると考えるのは、少々ロマンチックな幻想であろうか。

■ 注記
1) 神谷武夫著『インド建築案内』TOTO出版、1996年、93ページより引用
  (2) 深見奈緒子著『世界のイスラーム建築』講談社現代新書、2005年、221~
    223ページから引用

■ 参考文献
・ 神谷武夫著『インド建築案内』TOTO出版、1996年 
・ 神谷武夫著『インドの建築』東方出版、1996年
・ 日本建築学会編『空間体験 世界の建築・都市デザイン』井上書院、1998年
・ 深見奈緒子著『世界のイスラーム建築』講談社現代新書、2005年
・ 布野修司編『アジア都市建築史』昭和堂、2003年

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