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December 01, 2005

建築文化論の結果

建築文化論・第一課題の結果が出ました。
それなりの評価だったようで。
ということで、レポート内容を下記に掲載します。
あまり参考にならないとは思いますけど、ね。
今年度は「A」と評価にご無沙汰してます...

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1.はじめに
 私の唯一の海外経験は、インドへの滞在である。
 この滞在は、仕事が目的であったため、観光地を巡る訳でもなく、国際便から国内便の乗り換えのために経由した首都デリーと、仕事先となった電話局のあるウッタル・プラディッシュ州の州都ラクナウ、それぞれの市街の一部しか目にすることができなかった。

 デリーには、旧市街であるオールドデリーと、イギリス統治後に建設されたニューデリーが存在するが、インドに訪問した初日に見ることができた国会議事堂付近は、整備された道路と整然とした建築物が印象的であった。
 また、ラクナウでは、市の北部にあるイスラム教の寺院(大イマームバーラ複合体)やトルコ門が印象的であった。
 しかし、その短い滞在期間の中で、特に印象に残っている建築物と言えば、帰国当日に見たオールドデリーにあるフマユーン廟であろう。世界遺産の一つとなっているフマユーン廟には、なによりもその建築物を含めた空間が持つ、規模の大きさに圧倒されたという記憶がある。

 現在のインドではヒンドゥー教とイスラム教が二大宗教である。
この2つの宗教の関係は、友好というよりも対立するケースが多く見受けられ、テロリズムという最悪のケースで表面化することも少なくない。
そのような解決できない側面がありながら、フマユーン廟など、イスラム教の帝国による支配下で建設された遺物が往時の姿を留めたまま存在し続けるという事実は感嘆すべきことであろう。

2.タージ・マハルの特徴
 このレポートでは、フマユーン廟と同じムガール帝国の時代に建設されたタージ・マハルを題材としたい。
 そこで、タージ・マハルについて論じる前に、フマユーン廟について簡単に述べておくこととする。(1)
 フマユーン廟は、ムガール帝国の第2代皇帝であるフマユーンを埋葬する廟建設である。
四方庭園の中心に90メートル四方の墓壇が配置され、その墓壇の中央にはドームが置かれている。そのドームを囲むように四方に小ドーム(チャントリ)を配する構成をとり、ドームは白大理石で、その他の外壁は赤砂岩と白大理石が組み合わされている。

 対して、タージ・マハルの外観はどうであろうか。
参考文献『世界のイスラーム建築』によると、タージ・マハルの特色として、下記の3つがあるという。(2)
一つめは、白大理石の土台に対して、色大理石、あるいは翡翠や瑪瑙などの貴石を埋め込むとともに、描かれた植物紋や文字紋が建物全体を覆うようにして「象眼細工」が施されていることである。
二つめは、ドーム屋根とドーム天井が分離された構造をとる「ダブルドーム」の手法が取られていることである。
三つめは、廟が広大な四分庭園の奥に位置しているので、四分庭園の中心を貫く参道を進むにつれて、次第に廟が大きく膨らんでいくという「人間の感覚をコントロールする手法」が盛り込まれていることである。

 このうちの3番目の特徴については、タージ・マハルという建築物に対する特徴というよりも、建築物を含めた空間がもたらすものである。そういう意味では、テキストのなかでは、白亜のドームを始めとする様々な建物がヤナムー河の川面に映る光景が、「水面から飛び立つ白鳥の姿」を演出している、というようなことが書かれている。これは、その空間全体、テキストで言うところの「湾曲海岸」がもたらす特徴であった。
 つまり、タージ・マハルにおいては、建物が持つ魅力に加えて、空間(あるいは場)の魅力が人をひきつけるのではないだろうか。

3.タージ・マハルとフマユーン廟との対比
 前述した3つの特徴のうち、ダブルドームは、フマユーン廟にも取り入れられている手法である。ドームの四方にチャントリを配す構成も同じである。
また、外側のドームに対して同じ白大理石を使用していることから、一見したとき、最初に白いドームが目に入る。
フマユーン廟を手本としたタージ・マハルのドームの頂点は、フマユーン廟と同様に天を目指してそびえ立ち、その大きさとともに見るものに感嘆を与える。
加えて、ドームの高さがフマユーン廟より高く、また、タマネギ型のドームは、ドームの直径の最大部分から下の部分、タマネギでいうと2/3くらいの部分が建物から浮き出たような状態となっているため、天を目指すという姿だけでなく、宙に浮きあろうかというような印象も与える。

 このため、タージ・マハルでは、ドームの「白」の印象が強い。フマユーン廟では、同じ白いドームでありながら、その姿が控えめのため、ドーム以外の建物の「赤」の印象のほうが強い。
同じく若くして亡くなった第五代皇帝シャージャ・ハーンの妻ムムターズ・マハルの「気高さ」、「美しさ」を象徴するかのような白い外観のタージ・マハルと、若くして亡くなった皇帝フマユーンがこの世に対して残していった「情熱」を象徴するような赤い外観のフマユーン廟。同じ廟でありながら、「白」と「赤」という対比が存在するのである。

 また、フマユーン廟とタージ・マハルを比べるとき、両者の一番の違いは空間配置ではないだろうか。
遠くから見ると他との交わりを排斥したかのように見える白亜のドームには、実際には精緻な装飾が描かれているということ、あるいは廟の手前に配置されることで外界と廟との間に緩衝地帯を設けたかのような四方庭園と、ドームに負けないように、天へと突き進む象徴であるかのように存在するミナレット。
同じイスラム教建築である、テキストで紹介されているトルコのアーメディアやハギア・ソフィアなどとも違いはどうだろうか。
 ドームとミナレットを有するという点や、四方対称となっている建築物の構成、そして彩色模様が施されている点などの共通点はあるが、トルコの寺院における内部空間の精緻な表現に比べて、タージ・マハルでは、内部空間の表現が平凡である。
 トルコとインドという国の違い、あるいは建造された時間の隔たりが、その外見に対して大きな印象の差分を与えているようにも思える。

4.タージ・マハルへの想い
 タージ・マハルのことを考えるとき、幾つかの疑問が生じる。
 それは、現代の女性たちは、この廟という存在をどう考えるのであろうか。自分が死んだあとの「死者のための巨大な建造物」を彼女たちは望むのであろうか。彼女たちは、その愛を生きている自分たちに注いで欲しいと望むのではないだろうか。
 ムガール帝国の第五代皇帝であるシャージャ・ハーンは、このタージ・マハルの建造によって、亡き妻への愛の深さを示そうとしたのであろうか。あるいは、巨大な建造物を造ることによって、妻を奪った天(あるいは神)への抵抗を示そうとしたのであろうか。
 権力者、あるいは為政者の墓廟ではなく、妻のための墓廟。
 完了前に自分が死んでしまうかもしれないのに、20年以上の年月を費やして建造されたという事実は強烈な印象を与える。
 しかも、シャージャ・ハーンは、ヤナムー河を挟んだタージ・マハルの対岸に、自身の廟を、黒大理石で建築しようしていたという。
実際には、タージ・マハルの建築費用が国家財政を逼迫したために、王子によってシャージャ・ハーンはアーグラー城に幽閉されたため、その計画は実現されることはなかった。
実現されなかったが、ヤナムー河を挟んだ空間に置かれる「白」と「黒」という対比は、壮大な計画であった。

 しかしながら、夫から無き妻への愛の表現に対して、我々は第三者であり、そして、単なる傍観者である。その傍観者であるにも関わらず、タージ・マハルへ訪れ、その美しさに感嘆するという行為は、もしかしたら、死者となった二人を敬う行為であるとともに、ある種の儀礼・巡礼なのかもしれない。

さいごに.
 ヒンドゥー教には、遺体の埋葬という習慣が無く、遺体は「自然に還す」ものであったという。つまり、死者を墳墓に入れて弔うという行為はイスラム、つまりムガール帝国による統治がもたらした物であるという。
宗教と民族の混濁する国であるインドにおいて、ヒンドゥーとイスラムとの建築様式が融合することは成しえたのであろうか。
 少なくとも、タージ・マハルでは、その純白の外観によって、その混濁とは対照的な特別な空間を生み出しているように思える。黄昏時の陽の光を浴びて白亜のドームが朱にそめられる瞬間など、その時々で見せる表情の変化をみると、自己主張が強い混濁の世界から離れて、すべてを受け入れるかのような空間を形成しているようである。

 タージ・マハルは、「宮廷の冠」という意味があるという。
 しかし、私には冠というよりも、白亜のドームが巨大な涙の一滴にも見える。妻ムムターズ・マハルの天からの涙を、夫シャージャ・ハーンがタージ・マハルの墓壇で受け止めようとしていると考えるのは、少々ロマンチックな幻想であろうか。

■ 注記
1) 神谷武夫著『インド建築案内』TOTO出版、1996年、93ページより引用
  (2) 深見奈緒子著『世界のイスラーム建築』講談社現代新書、2005年、221~
    223ページから引用

■ 参考文献
・ 神谷武夫著『インド建築案内』TOTO出版、1996年 
・ 神谷武夫著『インドの建築』東方出版、1996年
・ 日本建築学会編『空間体験 世界の建築・都市デザイン』井上書院、1998年
・ 深見奈緒子著『世界のイスラーム建築』講談社現代新書、2005年
・ 布野修司編『アジア都市建築史』昭和堂、2003年

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