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February 2006

February 28, 2006

2月の単位取得試験

2月上旬に受験した単位取得試験の結果が返ってきました。
「建築文化論」、「京都学」とも合格。予想よりもちょっといい点数でした。
と、言うことで、今年度はなんとか15単位取得できたみたい。昨年度の取得数のちょうど半分。
つまり、卒業に必要な単位の半分ちょっと。まだまだ先は長いなあ...

さてさて、次の日曜日はサテキャンで特別公開講義を聴講予定。午後一の情デ主催のものだけでなく、アニメコース主催の公開講義も聴講したいと考えているところ。
そう言えば、3/11には本学の比較芸術学研究センタ主催のシンポジウム「服を創る 文化を創る」が開催されるそうで、三宅一生氏の講演とか予定されているとか。かなり興味有り。
でも、京都は遠いっス。卒制発表展が開催されていれば、併せて行きたいけど、卒制発表会は次の週なので。
さすがに2週連続で京都には行けないなあ。
ところで、卒制発表会は3/19までとなってますが、同じ時期、京都の寺社では春の特別展が開催されているので、こっちも楽しみの一つ。
今年も東山のライトアップに空間演出コースの方が参加されているみたいなので、タイミングがあえば観たいなあ。
3/18に本学に行きたいと考えているけど、果たして行けるのかな?(仕事の都合だけ...)

February 26, 2006

「50ノート」添削結果

「50ノート」再提出分の添削結果が戻ってきました。
前回は郵送だったけど、今回は宅配便での返送なので、1日早く戻ってきたみたい。
「ビジュアルでの表現方法に変化がありイメージにも表情や躍動感などの動きが見られ...」というお褒めの言葉から始まっていますが、その後の講評は「表現力の不足」に対するもの。発想力も評価低いです。
全体的にイラストが挿絵的になっているというのは、前回も指摘された通り。「見る側が想像を膨らませる」ことのできるイラストにしてほしいとのこと。う〜ん、難しいなあ...
この評価を読んでいると、「よく"C"で通してもらえたな」と思っちゃいました。(苦笑)

February 25, 2006

野田凪展とアスブルンド展

この週末は、土日とも予定が無いので、何をしようかなと思っていたら、銀座のggg(銀座グラフィックギャラリー)で「野田凪展 - HANPANDA コンテンポラリーアート展 -」をやっているということで、今日出かけてきました。(gggは日曜日が閉館なので)
これだけで都内に出かけるのもナンなので、汐留の松下電工汐留ミュージアムで開催中の「建築家 グンナール・アスプルント-癒しのランドスケープ-」も観ることに。

野田凪展は、もともとは「ハンパンダ」(ごく最近まで知りませんでした...)をコンテンポラリーアートとして発表する展覧会というのが目的だそうですが、それよりも別の展示室で展示されているアート・ディレクターとしての過去の作品(ラフォーレやパルコの広告や、YukiのCDに関するディレクションなど)が大盛況。結構、人が多かったです。
メイキングビデオを流しているコーナーは、四畳半程のスペースに20人位の人がひしめく状態。なので、遠目で観ただけ。そうそう、観にきている人は圧倒的に20歳代位の女性でした。女性同士の共感があるのかなあ?

その後はグンナール・アスプルント展へ。
建築家は良く知らないので、実はアスプルントという人もよく知りませんでした。(スウェーデンの近代建築家です)
彼は北欧にモダニズム建築をもたらした人とのことですが、生涯の建築物を観ると、かならずしもモダニズム建築一辺倒ではなく、自然との融和というテーマがあったようです。
世界遺産になった代表作の「森の墓地」は、たんなる建築ではなく、墓地という空間を生み出すというランドスケープデザインの要素もあるとのこと。
予備知識無く観に行った展覧会ですが、興味深い内容でした。
自然との共生という観点は、デザイン論のテーマ(単位取得試験の出題テーマ)に通じるものがあります。

野田凪展は無料、グンナール・アスプルント展は学割だと300円ということで、ちょっとお得ですね。

3/5の日曜日は、サテキャンでの特別講演。情デ主催講演だけでなく、アニメコース主催の講演も聴きたいなあ。

February 24, 2006

「50ノート顛末記」、その後

1月度に提出した「50ノート」課題が「再提出」評価だったので、2/6夜から2/9早朝まで短期間(の突貫工事?)でノート2冊分(計100枚)を作り直したことは以前書きましたが、今日その結果がサイバーキャンパスに提示されました。
結果はスレスレ合格の"C"。
同じ課題に3年間も取り組まなくても良くなったので、とりあえずホッとしてます。(先生のお情けもアリかな)
時間をかければもっと良いものになったと思いますが、今回は成績の良し悪しよりも、短期間で形を仕上げて、提出できたという部分が大きいです。何度、途中で作業を辞めてしまおうと思ったことか...

ちなみに「50ノート」の"実"制作期間は、以下の通り。(アイデア出しの期間は除いて)

■ 第一回提出(1/10提出)・・・12/19~12/24、1/16~1/22
■ 第二回提出(2/10提出)・・・2/6~2/9

一般科目のレポートでバタバタしている合間に着手していたという感じ。
もっと前から作業に着手していれば、こんなことにはならなかったということですねえ...

February 20, 2006

一人「地域文化演習」?(ちょっと長文)

ある人のブログで金沢の話を読んでから、以前から思っていた「金沢21世紀美術館を観たい」という気持ちがかなり強くなりました。
来月も卒制発表会の頃に京都の本学に行こうと思っていたので、自制していたんですけど、とうとう欲求に耐えかねて(?)、この土曜日に行くことにしました。(週初めの月曜日に決定!!)
冬に行くならば、やはり日本海の魚でしょう。むしろ、こちらが本命なのかも?実は、本学に入学した年の3月にも金沢に行きましたが、このときは完全に「魚目当て」でした。(苦笑...)

さて、その金沢ですが、驚いたことにまったく雪が積もってませんでした。
なので、徒歩で移動するのは問題無い状況。

昼は近江町市場で食事と決めていたので、21世紀美術館に行くのは午後から、って事にして、まずは主計町茶屋とひがし茶屋街を一廻り。

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途中で、尾張町を通ったら、「尾張町一品ミニ美術館」と称して、商店街のなかの何軒かの老舗の店が自分のところで所有している古い品物をタタミ一畳程度の広さに展示していたので、それを観てみたり。
その後は、浅野川を川辺を散歩して、近江町市場へ。お昼間近ということで、かなりの活気。でも、蟹が安いと言われても、生の蟹担いで移動する訳には..

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そう言えば、市場で購入した魚を持ち込むと料理してくれる居酒屋が近くにあるらしいけど。
ここには、安くて美味いと言われる回転寿司も何軒かあるけど、滅多に入らない「廻らない」寿司屋に行くことに。以前利用した「山さん寿司」です。ここ海鮮丼が有名。上寿司と追加で白エビ(富山でしか取れない)を食べました。ネタは満足したけど、シャリがちょっと不満。板場のバタバタがカウンターに伝わってくる感もあり。次回(あるのか?)は、別のところにしよう...

その後に寄った尾上神社は、2度目に金沢に来たとき(10年以上前かな)境内に入ったことがあったけど、門前が整備されてからは前を素通りするだけでした。
今回は境内に入ってみることに。以前なかった「お松の方」の碑とか、大河ドラマの放送に併せて建立されたものが幾つかありました。そういえば、昔はもっと雑然とした境内だったような。それに門の上部に上がった記憶がある...

で、その後はやっと21世紀美術館へ。
今回は、「もうひとつの楽園」がメイン展示。あとは、金沢(石川県)に関連した無料の展示が3つ開催されていました。
メインが現代アート(建築家の隈研吾氏やデザイナの深澤直人氏、原研哉史も参加している)、無料展示がフォト・コラージュ、ファッションデザイン、そしてグラフィックデザインということで、21世紀美術館のコンセプトが伺い知れるような内容でした。
「もうひとつの楽園」の作品を観ていると、情デの卒制作品を思い出してしまいます。デザインとアートの中間にあるような「危うげ(曖昧?)な感じ」なんでしょうか?
極端な例えかもしれませんが、人間におけるデザイン=外の空間、アート=内の空間とすれば、これらの作品はその中間にある別の空間を表現しようとしていると言うか...
相変わらず言葉足らずですね。
さて、展覧会の内容も勿論ですが、ハコとしての美術館のコンセプトも面白かったです。
そんなところに窓を作るかと思わせたり、はたまた美術館の内側に外と接する一面のガラスの通路があったり。
今回は1つの展示室で一人の作家の展示となっていたので、展示室から展示室へ移動するときに外界(の光)にさらされることで、一瞬緊張がふっと緩んだのち、次の展示室(作家)へと向かえるというような、メリハリができるように思えます。
そういう意味では展示内容と建築の意図はマッチしているのかな。ただ、解放され過ぎてしまう可能性もありそうですね。
それに、確かに順路がわかりづらい。パンフレットが手放せませんでした(苦笑)
入場者が少ないときくらいは、順路無くして、フリーにどこにでも行けるようにしてほしいなあ。
展示内容や建物の話とは違う点で気付いたのは、各展示室に居る説明員の存在。大抵、作品の傍に寄り過ぎて注意されることぐらいしか話をしないけど、ここでは、鑑賞者に気さくに声をかけてくる。作家の話だったり、作品の裏話だったり。
ある人は、「ここがベストポジションです」なんて教えてくれた。自分で考えたいときもあるけど、現代アートだと、こういう説明をしてくれると作品への理解が広まるだろう。
あと、たまたまかもしれないけど、小さい子供と一緒の家族連れも結構いた。親と子が現代アート観て、会話を交わしてって、いいなあ。(森美術館でも家族連れが居るけど、あれは展望フロアとセット券のほうがお得だからという気がする...)
こういうのを含めての「オープンな美術館」を感じましたね。

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21世紀美術館のあとは、犀川を越えてにし茶屋街観て、室生犀星記念館観て。こういう文学館に入ると、生原稿とか初版本が置いてあるけど、結構これを読んじゃうので、見学に時間がかかる。室生犀星記念館は小さなところだったので、さっと見学して終わるつもりが、40分居座ってしまいました。(閉館時間ギリギリで退去)

夕食は、香林坊の居酒屋「いたる」で。前回金沢に来たときに偶然知った店なんですが(本店の方です)、開店10分後で、カウンターの半分が埋まり、30分程で満席になるという繁盛店。魚がおいしいところです。ここでは念願(?)の旬の魚(ノドグロの塩焼き、鱈の白子の天ぷら、鰤の刺身)を。も〜、美味しかったです。やっぱ、食が本命だったか!!

最後はホテル(女性社長で有名なところ)の大浴場でのんびりと。言わばビジネスホテルなんですが、大浴場が最上階にあり、しかも露天風呂があるので、片町のど真ん中で夜空を見ながら入浴。石川近代文学館のライトアップが見れました。
前回は、雪降ってたのに露天風呂に入ってたなあ...

と言う訳で、「一人で地域文化演習のスクーリング」となった一日でした、って、ホントか!?

February 17, 2006

冬期スクーリング期間

本学通信の月暦で言うと、今は「冬期スクーリング期間」らしい。
自分としては2ヶ月に1回位のペースでスクーリングを受けたほうが良いな。じゃないと、緊張感が緩んだままになってしまいそう。
それに、なによりも平素使うことの無いソフトの使い方を忘れてしまうという危険性があるので...
うちのブログとリンクさせて頂いているyuckさんは、本日から「映像表現2」のスクーリングとのこと。お疲れ様です。

「映像」と言えば、この前の土曜日、公開シンポジウムに言った後に本屋に立ち寄ったら、こんな本が置いてあった。

>■「映像作家 100人 Japanese Motion Graphic Creators」(BNN)

名前を知っている作家が少ない...
作品は観たことがあるけど。
勿論、映像作家の紹介なので、付録のDVDで作品を見ないと意味が無い、と思ったけど、全員分は収録されていませんな。

February 14, 2006

今年度の学習状況

提出中の課題と単位取得試験の結果が未だでていないし、今年度の成績が提示されるのも2ヶ月程先になると思うけど(昨年度は3/31に成績表を貰った)、最終締め切りも過ぎたので、今年度の学習状況をちょっと振り返ってみた。

今年度の状況はと言うと、こんな感じ。

■ レポート提出回数:8回(うち3回は再提出...)
■ 作品提出回数:3回(うち1回は再提出...)
■ スクーリング出席回数:3回(一般科目、×1回、専門科目×2回)
■ スクーリングレポート提出回数:1回
■ 単位取得試験受験回数:3回

ということで、なにげに再提出が多い状況でした。そろそろ実力不足が露呈したか...
ちなみに、レポートの再提出は全て「京都学」です。
この再提出が無ければ、「空間論」を手がけるつもりで、テキストだけでなく、参考文献も準備していたんですけどね。
そうそう、昨年度のレポートは比較的成績良かったんだけど、今年度の成績は「ほどほど」。昨年度は初年度ということで、平日も含めてマメにやっていたけど、今年度は週末に集中するパターンが多かった分、全体的に推敲が甘かったという実感は確かにある。締め切り間近にバタバタしているという状況は、昨年度も今年度も変わらなかったので、来年度はなんとか打破したいところ...
あっ、来年はレポート提出だけでなく、作品提出を増やさないとね。

入学案内

先日、公開シンポジウムに行ったとき、本学の通信教育部の入学案内が置いてあったので、在学生なのに、なぜか貰ってきちゃいました。そういえば、50冊以上置かれていたのですが、シンポジウムが終わった後には残り2、3冊という大盛況?でした。
この入学案内、内容は年度毎に改まるとしても、勿論、入学時には自分も一生懸命読んだはず。だけど、改めて読み返すと面白いです。しっかりと、「あっ、自分も学びたいな」という意欲を感じさせてくれます。結構、他のコースに興味をそそられたりするので、コース変更しそうになったりして...
それに、情デコースの課題作品事例や卒制作品が掲載されているのですが、それらのレベルが高く、自分の作品と比較すると気落ちしてします。やっぱ、このコース、自分には向かないのか!?(最近、どうも自虐気味...)
先生、アーティストでもなく、デザイナーでもなく、情デは新しい発想の創造者=「クリエーター」なんですかね?

「閑話休話」
所幸則氏の本「天使に至る系譜」(美術出版社)を書店で見つけました。
作品のメーキングのコーナーを読みたいがために「AGOSTO」という雑誌を購入したり、あるいは渋谷で開催された個展に行ってみたり(そのときは本にサインをして頂いた)、一時期ははまっていたのですが、最近はご無沙汰しておりました。この人の作品は、Mac+Photoshopでなんか制作してみたいと思ったことの「原点」に位置付けられるかもしれない。
初めて観た作品がPhotoshopと3G CGの組み合わせだったので、最初からそういうデジタル系の人かなと思ってたのですが、フォトグラファーだったんですね。今更ながら知りました。

February 12, 2006

公開シンポジウム

この週末は、京都では情デの「卒制・最終プレゼン」が行われていますが、お金をケチった私は、本学の比較芸術学研究センタの企画による「家屋、庭園、風景 -京都の地平から-」という公開シンポジウムを聞きにいくため、都内に出かけてきました。
「日本では古来から日常生活と芸術とが密接に関わっている」という観点から、衣食住という日常生活における「文化」と「芸術」の関わりを紐解いていこうということで、今回は「住」をテーマとしたシンポジウムでした。
公開ということで、参加者が多くて、150人以上が入っていました。(平均年齢高め)

内容は、基調講演として、京町家で実際に生活されている方からの話と、ウィーンのシェーンブルグ宮殿内にある日本庭園の修復に関する話を。そのあとは、学長から「月と住まい」との関わりを題材とした文学作品の紹介と、パネル・ディスカッションとなってました。

全体を通して印象的だったのが、京町家という我々にとっては「伺い知れない空間」が、実は日本人が昔は普通に過ごしていた「日常生活」を残し続けていたということでした。
一つは、四季との関わり。
光の入り方だったり、包丁を入れた野菜の香りだったり、祭事などのイベントだったり、日常生活の中から、さまざまな形で四季の移り変わりを感じられるとの話をされていました。最近の我々の生活ではは四季の移り変わりを実際に感じる事が少なくなったような気がします。他からの情報によって「四季の変化」を感じてしまったり。田舎で住んでいた頃は、木々の変化や太陽の光の加減などで変化を感じたものでしたけど...
もう一つは、人と家のつきあい方(ふるまい)に関すること。
無意識のうちに人と家が対話していると言う感じでしょうか。「うちのなかに違う感覚が存在する」という言葉で話されていました。今の家は、西洋のようにトップライトになったせいで、昔の日本家屋のような「陰影」が無くなったということだそうです。(日本では横から採光する考えとのこと)
これに関して、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃 」に対するするどいツッコミがありました。(彼がこの本を書いた同時期に「夏にはクーラーが無いと過ごせない」みたいな事を他の本に書いていたとか...)

ディスカッションが短かく(学長による前段の話が長かったせい)、テーマが掘り下げられないうちに終わってしまった感じがするなど、物足りないところもありましたが、全体としては、自分の守備範囲を拡大するのに繋がりそうな感じがしました。秦家の映像を納めたDVD、ほしいなあ。

そう言えば、本学長を生で見たのは初めてだったような...

PS.昔は、床の敷居を踏むと親とかに怒られたものですが...(秦家では敷居を踏まれて困っているらしいです。青竹踏みじゃないですよぅ...)

February 09, 2006

「50ノート」顛末記

自分の発想は貧困だし、画才の無いのも重々承知しております...
情デに向かないと思うことも多々有ります。
なので、まずは様子見で一回作品(50ノート)を送付してみて、それに対する先生からコメントをベースに、自分なりに改善していこうと画策していました。
他人にしょぼい作品を見て貰うのは、恥ずかしいですが、今回はそんなことは言ってられない訳で。

で、1月の締め切り(1/25)に出してみたのですが、なかなか結果が出ず。(最終締め切りが過ぎてからでないと結果が出ないという情報もありました)
そんなヤキモキした状態のなか、2/3にサイバーキャンパスで結果が提示されました。
結果は、予想通りの「再提出」。"C"でスレスレで通るかもという淡い期待もゼロではありませんでしたけど、勢いだけはダメったようで...

さて、次の問題は、いつ作品が戻ってくるか?
2/3に教務課が処理したとして翌日に発送してくれていれば、2/5から手直しに着手できる、という想定でしたが、結局作品が戻ってきたのは2/6でした。
しかも、再提出はノート2冊分!!(つまり100枚)

翌2/7は所用もあって年次を取る予定となっていたので、所用を済ませたら、直ぐに家に帰って作品の手直しに着手。でも集中力が続かない人なので、書いて休んでを繰り返してながら進めるという感じ。結局その日は深夜2時まで制作作業を。
この時点で、文章のみを書き込んだものは100枚用意出来たけど、イラストまで入れたのものは15枚くらいしか出来ていないという状態。全然ダメじゃん、と思いつつも、この日は強烈な眠気が襲ってきたので中断することに...

翌日の2/8は勿論仕事だったのですが、定時退社日(と言っても定時で帰ることはほとんど無い)だったので、終業したら即帰宅して作業すれば、なんとかリカバリできるかも、なんて事を考えていました。
と、言っても、世の中そんなにスムーズに事が進むわけも無く、結局家に帰ったのは21時過ぎ。この時間では「諦めるしかないか」という考えも脳裏に浮かびましたが、ここまで来たら最後まで粘ってみようということで。
作業が終了したのは朝の5時過ぎ。4時頃から頭が重くなってきたような感じで、普段でも働かない頭が、更に働かない状態になりましたが、なんとか最後まで辿り着きました。(最後の方のイラストはかなり投げやりかも)

今日2/9は、午前が客先への出張だったので、さすがに遅刻が出来ないという思いがあったのか、はたまた精神的にハイな状態にあったのか、眠りたいという欲求とは裏腹に余り寝付けませんでした。
とにかく、出張先に向う前に、近所の宅配便配送センタへ作品を持込して、学校へは翌日午前中(念のため)必着で配達を依頼し、なんとか一安心したという感じ。これで最終締め切りに間に合いました。

でも、またまた添削が不十分な状態で提出してしまいましたね。
加えて、お酒を飲みながら書いてた。(よく寝なかったなあ...)
結局来年度ももう一度になるかも。そうなったら、「タイポの年表」を新しく制作しよ、っと!?

February 06, 2006

1月の単位取得試験結果

今夜は関東の平野部でも雪が降るのでは、という話でしたが、22時の時点では雨。
コートの裾を濡らしながら帰宅し、郵便ポストをチェックすると、1月に受験した「造形論」の結果が返ってきてました。
へえ〜、思ったよりいい点数。纏まりの無い内容だと思ったけど...
でも、レポートと平均すると多分"B"なんだろうな。
点数が全てではない、と思うことにしよう...

ところで、今日の日経新聞の夕刊ではSANAAに関する記事が掲載されてました。
2週間程前に衝動的に金沢に行きたくなったのは、SANAAが設計した金沢21世紀美術館が観たくなったから。この美術館を去年のうちに観ていたら、先日掲載した「建築文化論」のレポートの題材もこっちに変わっていたんだろうな。暖かくなったら行きたい気持ちもあるけど、3月は京都へ卒制発表会の見学が優先か...

来年度は

2/4の単位取得試験のとき、来年度に受講しようと考えている科目の試験問題をチェックしてみた。

■ 日本文化論:
中根千枝の「タテ社会論」について、その社会構造論の特徴を、方法論的な視点に触れながら述べなさい。

■ 現代デザイン論:
明治時代における政府主導のデザインの動向について述べなさい。

■ 空間論:
”ゲロウス・ロギ”という言葉をあなたの身近な空間を例にして説明しなさい。

う~ん、「日本文化論」はダメかも。(レポート1回だけで済むけど)

February 04, 2006

2月の単位取得試験

今日はサテキャンで単位取得試験でした。
2科目連続は初めて。1科目だけ受験するのにテンパっているのに、2科目受けて大丈夫なのか?
そんな状況なので、一日に何科目も受ける方には頭が下がります...

今回は「建築文化論」と「京都学」を受験しました。出題された問題は、以下の内容。

■「建築文化論」:「建築と自然」という表題で、具体的に建築あるは出来事に即して、論述しなさい。
■「京都学」:平安時代後期から鎌倉時代に隆盛した京都における仏教の特色を述べなさい。

実は、出題された問題は予想通り。今年の出題傾向を少し分析しましたからね。でも、それに対する対策不十分だったので回答も不十分という感じ。問題の予想だけ当たっても意味ないって...
なんとか形にはしましたが、京都学の方は完全に言葉足らず。
そうそう、京都学はテキストだけでなく、それ以外の文献を調べておいた方がベターでしたね。
後々冷静に考えると、建築文化論のほうはテキストではほとんど触れられていないよな。

単位取得試験は、午前で終了したので、その後は日本橋三井タワーに寄って後、銀座に。
相変わらず、iPodの音声が変な状態が続くので、再度Apple Storeへ。
相談したら、「イヤホンは変えてみましたか」との質問があり、その場で試してみると、自分のイヤホンを使うと、メインヴォーカルの声が消えて、バックのヴォーカルと演奏のみが聴こえる状態になることが判明。過去には断線して全然聴こえない状態になることはありましたが、こんな状況は初めてだったので、よもやイヤホンがNGとは思いもしませんでした。

天気は良かったけど、頭が痛くなるような冷える一日でしたが、前日のダメージから回復させてくれるような出来事があったような感じかな。

と言う訳で、日本橋三井タワーの外観と、内部を。
竹の使い方が印象的でした。
ここの内部って、写真OKなのか確認しなかったけど、大丈夫かな...

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「建築文化論」の第二課題

「建築文化論」(第二課題)の添削結果が返ってきました。
分析が不十分であることで全体的に説得力が無いというコメントを頂きました。肯定する意見だけでなく、否定の意見も出して、それらを積み重ねてほしいとのこと。
A評価まで鼻の差の78点!?もっと精進しろという激励なのかなあ...

と、言うことで反面教師として活用してください。

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『建築文化論』レポート(第2課題)
「アサヒビール大山崎山荘美術館~温もりのある場所」

1.はじめに
 建築物には、住居のような日常生活に直結した空間を提供するだけではなく、日常生活から逸脱する空間を提供するという側面もあろう。この観点で捉えると、美術館は後者ではないだろうか。一般の人々には、まだ美術館は特別な場所であると言えるだろう。
 しかし、美術館は、作品を観るだけの空間という考えで良いのであろうか。それでは、建築物は、作品を雨や風から防ぐだけの存在としかなりえない。著名な建築家を起用し、設計をしてもらう背景には、単に機能面だけでなく、美術館としてのコンセプトが存在し、それを具現化したいという要求があるのではないだろうか。

2.実際に見学して
 寒波が一息ついた冬の日。京都四条烏丸から乗車した阪急電車の車内に差し込んでくる日の光には、少し汗ばむほどの暖かささえ感じたくらいであった。  しかし、大山崎駅からJRの線路を渡り、少し急な坂を上がり、隧道をくぐり抜けた途端、山中であることによる静けさとともに冷気が身体を包み込んだ。既に10時過ぎだというのに、早朝の寒さの記憶を留めるかの如く、池の水には氷の欠片が浮かんでいた。見学した日は日曜日であったが、開館直後であり、しかも観光シーズンも過ぎた年の瀬ということで、訪れている人が少ない状態であったため、静さだけでなく冬の寂しさ、あるいは物哀しさも感じさせた。  正面の門を入ると、今回の目的地であるアサヒビール大山崎山荘美術館の本館が目に飛び込んできた。
 このアサヒビール大山崎山荘美術館は、実業家加賀正太郎氏が大正初期から昭和初期にかけて建造した山荘を修理補修し、美術館として再生させたところである。その再生作業では、同時に本館に併設する形で、建築家安藤忠雄氏の設計による新館が新たに建設されている。つまり、この美術館は、本館と新館という新旧の対からなる空間である。
 また、周辺の自然環境と人工の建造物の対も存在する空間とも言えるであろう。JR京都線という忙しなく電車が行き交う場所からほんの10分程しか離れていないのに、まるで違う世界であるかのような静寂に包まれた空間となっているのである。  本館1階は玄関部分を除いて白を基調としているが、2階は濃い茶色を基調とした周りの木々へ融け込もうかとするように、落ち着いた外観である。屋根に敷き詰められた瓦の色は少し派手なオレンジであるが、紅葉の名残を残す12月では、さほどの違和感は無い。  2階部分の茶系の壁と白の窓とのコントラストも印象的である。
 また、1階は、西側が池に面しており、テラス部分がアーチとなっている。特に凝った装飾が施されているわけで無いが、それが逆に山荘らしさを与えているかのようである。  チューダー様式をもとに設計された本館は、玄関ホールにある暖炉の煙突も人々に対して「暖かさ」を感じさせる。本館の玄関の扉を開いて玄関ホールに入った瞬間に、磨き上げられた木の温もりが、外気で冷えた身体だけでなく、心も温かくしてくれるのである。  本館の室内では、第一展示室の木と石の組み合わせによる装飾が興味深かった。第一展示室は、元々は応接間として使われていたのであろうか。オレンジ色で彩られた窓から差し込む光がやさしい。この辺には、テラスを介して第一展示室への採光への配慮が見られるように思える。開放的なテラスには大きな窓を設けることで、冬の短い日照時間のうちにできる限り日の光を室内に取り込もうとしているかのようである。
 2階ホールにおいては1階テラスの採光とは考え方が違うように思える。2階ホールを取り囲む窓はそれほど大きいものではないため、太陽が窓を通り過ぎるという限られた時間の楽しみなのである。今回の見学では、一日に4回だけ演奏される100年程前のオルゴールの音色とともに、冬の柔らかな太陽の光が差し込んでくるという光景を見ることでき、忘れることができない至福の時間を与えてくれた。
本館から新館へと続く通路では、冬ということもあり、外の冷気を吸い込んだかのような冷たい感触が手に伝わってくる。この冷たさが新館へ向かう緊張感を与えるようにも思える。このときは、この通路に居るのは自分一人だったこともあり、コンクリートに響く靴音と、立ち止まったときに訪れる静寂のギャップが心地よかった。静寂と言っても完全に無音という訳ではなく、壁の向こうにある水路を流れる水の音がかすかに響いてくるのである。このことによって、孤独感のような不安な気持ちを緩和させてくる。
展示室「地中の宝石箱」への扉が開いた瞬間、冷気を打ち消すような空調の効いた空気が身体を包み込むとともに、眼前にモネの「睡蓮」が飛び込んでくる。この瞬間のギャップが衝撃的であった。
 この美術館の外観に対する印象は、本館の「温もり」と新館の「冷たさ」であった。 本館を構成している要素は木材や煉瓦などであるが、新館を構成している要素は無垢のコンクリートとガラスである。しかし、新館に隣接する本館1階の壁が白を基調としているため、思ったほどの違和感は無い。  また、本館を中心に置いた庭園とするならば、コンクリートがむき出しとなっている新館の外観が視界に入ることは唐突な印象があり、かなり異質な存在と言えそうである。しかし、実際には、初めて訪れる人間が、案内板に従って、隋道から美術館へのコースを歩いてくると、本館の存在だけが目に留まり、新館の存在にはほとんど気づかないであろう。新館の大半を地下に埋没させるとともに、通路をガラス貼りとしたことが功を奏しているのかもしれない。

3.本美術館の位置付け
 「いつも頭にあったのは、人間とアートがぶつかり合い、対話する<場>をいかにして生み出すかということである。それは芸術作品と建設、そして観衆との間にどのような関係性を設定するかということにほかならない。」(1)
これは、新館を設計した安藤忠雄氏の述べた言葉である。
この「人と美術、自然、そして建築のぶつかり合い」という構想を一番近い形で実現したのが、直島コンテンポラリーアートミュージアムと言われる。
 では、アサヒビール大山崎山荘美術館はどうであろうか。
安藤氏の思い描いていた「美術」とは現代美術であり、「地中の宝石箱」で展示されている印象派の作品ではない。しかし、作者が絵に込めた思いや感情を発露するという点では、現代美術も印象派の絵画も同じであろう。
そして、無垢のコンクリートで覆われた円形の展示室は、それらの思いや感情を単に受け止めるだけでなく、素材の持つ個性によって戦いを挑んでいるかのようである。従って、作品にそれなりの力が無いと、展示室の力に負けてしまいそうである。
それは、「ホワイトキューブ」と言われる従来の美術館ではありえない状況である。作品と建築のせめぎ合いに、鑑賞者自身も加わらなければならないのである。しかし、この状況では、なにか展示する作品が限定されてしまうという危惧もあるのではないだろうか。

 この美術館の持つもう一つの側面は、歴史的建築物への対応という点であろう。
個人が所有していた建築物の荒廃に対して。その周辺住民である大山崎町住民からの保存の要望に応じる形で修復・整備が進められたという。
 日本の建築物においては神社・仏閣以外、特に近代建築、いわゆるモダニズム建築に対する保存の姿勢が低かったと言われている。この美術館はモダニズム建築とは異なるものであるが、大正・昭和に建設された建築物に対して、文化的価値を見出し、保存していくという行為の具体的事例の一つと言えるのではないだろうか。

4.おわりに
 本館は、日本人が思い浮かべる「洋館」のイメージを具現化しているのではないだろうか。だから、初めて訪れたにも関わらず、「温もり」を感じてしまうのかもしれない。
本館の持つ印象があるからこそ、新館という存在が際立ってくるのではないだろうか。

■ 註
(1) 美術出版社編『安藤忠雄の美術館・博物館』美術出版社、2001年、92ページより引用

■ 参考文献
・ 美術出版社編『安藤忠雄の美術館・博物館』美術出版社、2001年
・ 松隈洋著『建築ライブラリー16 近代建築を記憶する』建築資料研究所、2005年
・ アサヒビール大山崎山荘美術館 受付配付パンフレット
 

February 03, 2006

レイトショー

溜まっていた仕事が片付いて通常ペースに戻ってきたということもあり、たまには定時で帰ろうと思っていたところ、以前から観たいと思っていた映画がレイトショーでしかやっていないことが判明したので、19時前に退社し、横須賀から渋谷まで移動して、映画を観てきました。
横浜に引っ越してからは、渋谷に映画を観に行くことはほとんど無かったし、ましてや平日の夜にレイトショーで映画を観るのも、いつ観たのか記憶が無いほど...
この映画館、円山町に最近出来たばかりらしく、椅子からは新品の臭いが。(ホントか?)
チケット購入時に座席を指定する方式のため、開演5分前にチケット購入したら、前の方になっちゃいました。7割〜8割くらい埋まってましたね。

で、何を観たのかと言うと、ある男の(愛人の)子供が、死んでしまった男の足跡を追いかけるというストーリーのもの。男の名前はルイス.I.カーンと言います。そう、現代建築家のあの人です。
この映画は、「マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して」という、ドキュメンタリー映画でして、監督はルイス・カーンの三番目の愛人との間に生まれた息子とのこと。
ルイス・カーンが亡くなったのが1974年とのことですが、それから25年以上経ったのち、監督が、自分にとって「父親」とはなんだったのか、彼が手がけた建築物や彼に関係した人々を訪ねることで、自分の疑問を解き明かそうとするというのがテーマの作品でした。
やはり圧巻はバングラデシュ国会議事堂ですね。この国会議事堂に関して、バングラデシュの建築家が述べる言葉がありますが、これって、「建築文化論」の試験問題に通じるものがありそう。(ポイントは、建築物と人との関わりですかね)

この映画、観終わった時点より、時間が経ってからの方がいろいろと考えさせられます。
建築物が残り続ける限り人々の記憶に残り続け、そして子孫への受け継がれて行き、加えて、建築物が朽ち果てても、設計者が、その建築物で表現しようとした思想や想いが人々に残り続ける、っていうことが「建築」の醍醐味なんじゃないかなあ、と帰路の電車の中で思った次第です。

ところで、開演の1時間程前(レイトショーは21:15〜23:15)に渋谷に到着してしまったので、東急プラザ裏の「鍵屋」という呑み屋さんで軽く食事(飲んで!?)してから映画館に行ったのですが、空きっ腹に飲んでしまったので、開始30分は危険な状態でした...

February 01, 2006

2月は

2月末は来年度の学費引き落とし。
これについては忘れるはずは無く、ちゃんと冬の賞与から学費分を確保しておいたけど、昨日不動産屋から郵便を貰って、アパートを更新する年であることに気付かされました。これは予想外の展開。更新料がイタイ...

さて、1月のレポート課題で提出した「建築文化論」(第2課題)の結果が出たので、補足資料を掲載したいと思います。このレポートで題材にしたのは京都のアサヒビール大山崎山荘美術館。レポートなのに、レイアウトで遊んでちゃあ、いけませんなあ。
レポート本文を掲載するかは、添削結果の内容見合いですね...

kentiku_hojyo

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