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October 2006

October 31, 2006

三日目の苦悩

と言う訳で、京都でのスクーリングから帰ってきました。
初日は午後がフィールドワークで歩き疲れ、二日目の午後は構想練るのに明け暮れて頭が疲れ、三日目は寝不足(3時過ぎに一度目がさめたら、課題が気になって2時間以上眠れなくなった)や「大運動会」(参加者だけが知っている...)なんかがあったりして、疲労度満載のスクーリングでした。
課題のテーマが抽象的になるし、時間も少ないし、やっぱり3年次スクーリングはヘビーだなあ。

今回、最初に作った写真集は言わば、本学周辺の路地裏巡り。タイトルも江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」をパクって「路地裏の散歩者」って言うのにしてみた。
大通りから一本横道に逸れて、段々道幅の狭い路地裏へと進んで行くことによって、その先の曲がり角の向こうに何があるんだろうという好奇心と、自分が子供の時に行き来した路地裏と写真に写った場所がリンクすることによる郷愁(あるいはデジャブ)が生まれるんじゃないか、というのが写真集の根底にあるもの。実は、最初からこのテーマに行き着いたわけではなくて、あくまでも学校周辺をブラブラする過程で路地を見つけたから。
自分は基本的に、やりながら考える、簡単に言うと、行き当りばったりの人なんで。お陰で、観光地とか行っても、事前計画を綿密に立てずに、大雑把なルートしか把握していないんで、帰ってから観光地を見逃しているのに気付いたりしますからね。
出たとこ任せの散歩者的視点で、気になったものをバシャバシャ撮って写真集としてみました。
今回の撮った写真(写真集としては39枚。う〜、中途半端な枚数)で、結構気に入っているのが、この2枚。一番最初に撮った、本学でのショット。逆光具合が個人的に好き。もう一枚は、地図では隣の家との境界線だったのに、現場に行ったら道があったという「発見」があったんで。

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この写真集について、先生からは路地を移動することは「場所の移動」とともに「時間の移動」することでは無いかとのコメント(指摘)を貰ったんで、最終日の「新しい地図」は、その2つの「移動」を他の参加者と共有するためにはどうすれば良いかを模索しました。

そこで考えたのは、学内に路地裏を作って、皆が共通に持っている(あるいは持っていそうな)過去の記憶や感覚を呼び覚ます要素を置いてみようかということ。
最初に浮かんだのは、秋刀魚を焼いてみようかということ。私だけの記憶とは思うけど、夕暮れ時に路地を歩いていると魚を焼いている臭いがしたということから、過去への引き戻すためのアイテムになるかなと。でも、臭いが残るんで、さすがにこの考えは辞めましたが...

と言うことで、これから再び構想タイムに突入したのです。(つづく...)

October 29, 2006

こんなところに

今日、昼食のときに本学の周辺をフラフラしていたら、道路の真ん中でデンと居座っているニホンザル君と目が合っちゃいました!!
こんなところにサルが居るのか!?
彼(?)は悠々と去って行きましたが、見ているこちらは唖然とするばかり。
外見も名前も似ているんで、親近感高いですが(苦笑)...

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スクーリング、折り返し点

スク−リングの折り返し点に来てます。

今回のスクーリングは、「フィールドワーク/地図」という科目名だけど、単なる「地図」制作ではないのが情デなる所以かも...
いやいや、一筋縄ではいかないですねえ。

初日である昨日と今日の午前は、初日に本学周辺の決められたエリア内を対象に、何でも良いから自分の主観で写真を撮って、写真集を作るという作業と合評会をしてました。初日の昼前から夕方まで現像込みで、ブラブラとフィールドワーク。足は疲れたのもあるけど、自分の作品はやっぱり行き当たりバッタリのものだなあ、と再認識。皆さん、やっぱ、しっかり「情デ生」だよ。
ちゃんとストーリーとして展開したり、視点が独自だったし。そんなふうに作り込んだ方々に比べると、自分は個性が無いし、作家性みたいなものが薄かったように感じましたよ。
皆さん、個性的だなあ...

で、ここまでの作業が「主観に基づく作業」。今日の午後からは個人の主観を剥ぎ取って、他の人と思考を共有するための「客観に基づく作業」に入り、写真集を元に新しい形態の「地図」を作ると言うのが最終日の午後イチまでのお題。う〜、作業時間足りんぞ〜。
と、言うことで最期はどうなることやら...

October 28, 2006

朝は始発の新幹線

スクーリングの受講申し込み結果が送られてきた。
いつもはハガキなのに、封筒だったので、不思議に思ってたら、「最終プレゼン」の注意事項込みだった。
そう言えば、あと2ヶ月かあ...(人ごとのように語るのは現実逃避のため)

当面の現実問題は、始発の新幹線にちゃんと乗れるかということ。今夜も最終電車で帰宅しないといけない状況になったんでキツい。今週は会社から帰宅するのが遅いのに加えて、ちょこちょことMACで作業をしてたんで、睡眠不足の感アリ。だったら早く寝ろよ、というところだけど、今日もバタバタと雑用中。3時間布団で寝れれば何とかなる!(のか??)
と、言う訳で、土曜日から月曜日までの3日間は京都でKやんが担当するスクーリングを受講します。
フィールドワークなんだけど、雨は降らないみたいなんで、ヨカッタ。

フィールドワークと言えば、1月分として申し込んだ「都市/建築物」は定員モレでした。今年度で終わる講座とのことなんで、残念だなあ...

October 26, 2006

脳への刺激

渋谷で開催されていた写真展を見損なったんで(と言うか、出かける気力が失せてしまった...)、その代わりに購入してしまった「シャッター&ラブ」の写真集を見ながら、次々回のスクーリングのネタなどを考えてみた。
でも、今回の事前課題は、「平面構想」のように具体的な成果物を期待している訳では無くて、スクーリング期間中に制作するものをイメージできるネタを事前に考えておくということで良いみたい。
なんで、ホントにイメージレベルのしようかとも思ったけど、折角なんで最終プレゼンに繋がるものを考えてみようかな、なんて思ってる次第。
最近は、仕事も学習だけでなく、雑用が多いんで、段々と考え方が浅くなってきているようにも思えるところがあるんで、今回の事前課題とかを取っ掛かりに、脳へ刺激を与えてみようかなあ、なんて考えてますよ。

October 25, 2006

衝動買いは「回避」したい

う〜ん、仕事のストレスが溜まって来た。帰宅時間も遅く成ってきたしな。
こんな状態だと、衝動買いの欲求が出てきて困りもの...
と、言うのは、こないだ「イラスト2」の課題制作をした際、うちのプリンタでは、写真のL版サイズとか小型のものはフチ無しで印刷が可能だけど、A4サイズではフチ無しで印刷できないのが判ったんで、それに対応できるものが欲しいという考えが出てしまったから。それにA3ノビもできれば、なんていう欲が出てきたりして。
うちのプリンタって、使用頻度が高い訳じゃないんで、そうそう壊れないだろうから、故障〜買い替えということは暫く無いとは思うんで、我慢しようとは思っている。安くなったとは言え、結構な出費だし。
けど、休日になると、フッと頭を「衝動」がよぎったりしそう。なんかコワイいんだよなあ...

October 22, 2006

学習会(10/22)

今日は学習会でした。
サテキャンではスクーリング真っ盛り?ということで、サテキャン近くの区民館の部屋を借りて。
参加者は、Fさん、Oさん、そして私を含めた3人。
他のお二人はやることが明確なのに、私は漠然とした状態での参加。何を着手しても次の演習課題の締め切りには間に合いそうも無いので、学習のモチベーションを高めるために参加させて貰ったという感じ。
とりあえずは、11月初めのスクーリングの際に必要となる事前課題を構想することにしましたが...
「My Collection」というのが今回の事前課題。
このお題を与えられても、何を準備すればいいの、という感じ。大抵の男性は収集癖があると言われるようだけど、まさか、未だレーザーディスクで日本映画の某シリーズを収集してます、などというマニアックな趣味を披露する訳にはいかないし。(個人的は構わないけど、スクーリングの趣旨に沿うのかが不明)
なんで、今日はそれを考えてみる場とさせて貰いました。成果があったのかは...

学習会の終わり頃、当学習会の場所をセッティングしてくれるIさん(学習会代表、あるいは、元締め、総長、事務局長...、名称決まってません)が顔を出してくれたので、サテキャン傍のスタバで情報交換や雑談を。
ここでの話で、この学習会への情デの参加者を増やしたいというのは勿論だけど、折角教室を借りているので、情デ以外の人でも学習(自習)したい人は参加して貰った方が良いよね、ということに。これは、別に拒んでいる訳ではなく、宣伝してないことが一因ではありますが...

と言うことで、次の日曜日(10/29)はサテキャンで学習会あります。
出入自由で、自分のペースで勝手に学習しても良いんで、興味があれば。
私はスクーリングなんで参加できないんですけど

October 21, 2006

新宿にて

今日は午後から休日出勤中。
平日の睡眠不足解消ということで10時半まで寝ていたら、どうも頭がすっきりしない。逆に寝不足感を助長したかのようにも思える。なんで仕事に対して気がのらない。早く終れば、早く帰れるんだけど...

今日が休日出勤でなかったら、新宿オペラシティのアートギャラリーで開催中の「伊東豊雄 建築|新しいリアル」という展覧会に行っていたかも。
無機質なモダニズム建築から脱却し、有機的で自然との調和を目指す新しい建築を、というのが氏のテーマらしい。
実物を見たことがあるのは、多分、せんだいメディアテークだけだと思うので、他にどんな建物をどんなアプローチで手がけているのか、ちょっとを観てみたいということで。

チェコ映画ポスターの本

先週の日曜日に書店で見かけて気になったので、迷いに迷ってこんな本を買ってしまった...

■ 「チェコの映画ポスター」(Moravian Gallery in Brno 著)

映画の中のシーンを切り取ったような写真で構成されたものではなく、タイポグラフィ主体のものに惹かれてしまった感じ。でも、今週は帰宅が遅かったので、しっかりと中身を見ていない。
この週末で衝動的に本を買ってしまいそうな気がするんで(そうなると積ん読くになってしまふ)、気をつけないと。
ある意味、本を買うという行為でストレス解消を果たそうとしている感じもするな...
どうせ買うなら、専門課題に結びつく方が良いんだけど。

October 20, 2006

「web2」の添削結果

「web2」に対するN西先生の添削結果が返ってきました。

■ Letter-spacingの問題(設定が大きい)
■ Letter-heightの問題(設定が小さいので、ルビがあると行間がバラバラになる)
■ 著者名の扱い(著者名を見出しにするのはどうか、という問題提議)

1番目と2番目はスタイルシートの扱いに対するもので、3番目は構造化の思想に対するものですね。
う〜ん、1番目と2番目は自分の考慮不足として(個人的主観では、この文字間隔が読み易いけど)、3番目はどういう対応をするとベターなのか?
著者名だけではなく、一応、「XX 作」という記述なんだけど...
パラグラフとして本文中に織り込んだ方がいいのか?
あるいは人名記述のタグってあるんで、それで記述しろということかも。
ちょっと悩んでしまうコメントでした。(再提出じゃないけど、気になる...)

October 19, 2006

「web2」も

テキスト課題の「イラスト2」に続いて、「web2」も結果が出ました。
スレスレの「C」です。
結構時間かけたんだけど、壁が高いなあ...
まぁ、この科目に対するいろんな話を聞いていると、再提出にならなかっただけでも「ヨシ」と思った方がよさそう。なんせ、今年度の残りの期間でやらないといけないことが一杯あるんで、気持ちを切り替えないとね。
でも、仕事の状況が変わって来たのが不安要素。今週一杯が特別休暇(実態は夏期休暇)の取得期限なのに、残りの1日が取れそうな気がしないし、今月末のスクーリングに対する休暇取得も難しい状態なんですよねえ。
このスクーリング取れないと、3年次での取得必要なスクーリング数から不足することになるんで、なんとか取りたい。と良いつつ、最終プレゼンの作品が間に合いそうも無いので、のんびりとやろうと考える自分が居たりするんだけど...

October 17, 2006

「イラスト2」戻ってきました

テキスト課題の「イラスト2」の評価が戻ってきました。
「テーマ・コンセプトと製品アイデアは秀逸と言ってもいい」というようなコメントを貰いましたが、同じデータを使い回してしまったんで、カタログとしての変化が乏しいことと、背景写真と製品写真の大きさとの関係が単調だったこと、途中のページからカタログのトーンが変わってしまったことが問題点として挙げられていました。自分でも提出時に気がついていたところもあるんで、この評価については「その通りでございます」といったところかなあ。
どんなアイデアだったのかは、いずれ又の機会で。出し惜しみではなく、元データが大きいんで加工しないとダメなんですよ...

October 15, 2006

日曜日の午後はカメラを持って

今日はとりたててすることがないんで(ホントは課題すべきだとは思うけど)、カメラを持って山手、元町、中華街とブラブラと巡ってきました。
この辺りは隣の区なんだけど、ここに電車でここに行こうとすると結構不便なんですよね。自転車の方が移動しやすいけど、自転車だと洋館が有る所は坂の上なんでキツい...
でも、地下鉄の隣の駅まで移動すれば港の見える丘を経由するバス路線があることを知ったんで、今日はそれを利用して山手まで。
山手本通りをフラフラ歩きつつも、洋館には入らずに外から写真を撮って歩き廻るだけでしたが、日頃の運動不足解消となったかも。

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そうそう、この辺りを散歩するときは、わざと坂や階段を上下すると更に運動不足解消となっていいかもしれない。場所によっては、坂を降りる途中で首都高やランドマークタワーだけでなく、天気の良い日には富士山が見えたりすることもあるんで、それも楽しみかな。
そのあとは中華街で肉まん食べて、浜スタ(横浜スタジアム)前のスタバでコーヒー飲んで帰ってきました。
あっ、「横浜洋館散歩」って本持ってるのに、いつも持ち歩くの忘れるなあ。

秋は日が暮れるのが早いですね。そんな夕暮れ時の空を見て一人で街を歩いていると、妙に寂しさがこみ上げてきました。やっぱ、秋の夕暮れは物悲しいなあ...

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October 14, 2006

土曜日は単位修得試験

今日は単位修得試験でした。
でも準備不足を露呈した結果に。

今回受けたのは「現代デザイン論」。
出題内容は「明治における政府主導のデザインの動向について記述しなさい」というもの。
問題用紙読んだ時点でなんとなく流れが浮かんだんで、その通りに書こうとするも何度もテキストや持ち込んだ参考文献を読み返すんで、途中で筆が止まってしまいました...
はてさて、この内容でどこまで「許してもらえる」かなあ?

試験を受けたあとは、八重洲にあるDIC COLOR SQUAREで開催中の「COLOR OF 10 色で語る10人のクリエーター達」という展示を見て(サテキャンにチラシが貼られていた)、銀座のINAXギャラリーの1階書籍コーナーで本を物色して、最期はgggで「勝手に広告」展を観て。
最近はアート(写真含めて)の展覧会多かったんで、デザイン系の展覧会は久しぶりに感じる。
「COLOR...」はDIC(大日本インキ化学)主催の展覧会ということで「色」がテーマ。対するデザイナーもグラフィック、写真、建築と多彩な分野から。ピンホールカメラと使って、あえて逆光(というか太陽を直接撮影)を活かそうとした野口里佳氏の写真がかなり気になりました。
gggでは中村至男氏と佐藤雅彦氏が雑誌に掲載してきた「勝手に広告」というページを改めて展覧会として発表するというもの。(新作3点有り)
企業イメージを勝手に想定して、勝手に広告を作ってしまったというもので、企業にとってプラスなのかマイナスなのか判らないけど、観ているこちらとしてはその発想を楽しみました。
どっちも小スペースの展覧会なんで、さっと観終わってしまい、少々物足りないけど、無料と思えばお得な展覧会でしたよ。

金曜日は

金曜日の夜は、情デ主催の特別公開講座を聴講してきたんだけど、日中は横浜美術館と東京都写真美術館へ行ってきました。
横浜美術館では「アイドル展」を。
ここでは、写真家の篠山紀信が当時のアイドルだった山口百恵を撮った「激写」(NHK特集としてテレビ放送されたもの)を通しで観てきました。「全編静止画で構成された伝説的なテレビ番組」と貰ったチラシには書かれてます。この時代って、アイドルは万人が認める存在だったように思える。
現在はアイドルも多様化してるってのが、この展覧会でも表れているかもしれない。展示内容を通してみると、なにか、いろんなアプローチからアイドルを捉えようとしているのように感じましたね。なんでちょっと消化不十分な内容だったかもしんない。これ、あくまでも個人的な意見ですので。(とりあえず、「激写」をフルで観れたことでOKでした!?)

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そのあとは、石内都の「mother's展」を観ようかと東京都写真美術館へ。
でも、ちょっと気になったんで「HASHI[橋村奉臣]展」の方を観てきました。
流れゆく時間のなかの何万分の1の時間を写真に捉えることで永遠に留めておくという「アクション・スティル・ライフ」と、ハシグラフィーという写真と絵画の融合による「未来の原風景」という2つの内容からなる展覧会でした。写真のアプローチも多様なんですねえ。

そのあとは恵比寿から人形町へ向かい、夜は特別講義。日比谷線で直通だったんで乗り換えなくて良かった...
最期は呑み屋で夕食。金曜日だったんで、廻りは会社帰りの人達ばかりで一人では肩身狭し。と、言うことで金曜日はこんな感じに過ごしてましたよ〜

あっ、これは日本橋の高島屋。サテキャンから東京駅まで歩いて帰ったんで。
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とりあえず

先月提出した専門テキスト課題2つのうち、「イラストレーション2」の方は結果が出てました。
この課題では2つのテーマから選ぶんだけど、「架空の家電製品のカタログ」の方で。

この課題制作時の顛末は以前の記事でもちょっと書いたけど、実質的な作業期間が2日間、金曜日の夜から土曜日の夜までの間(3、4時間位は寝たし、途中で出力用紙の買い出し等で中断有り)でなんとか形にしたという感じ。なんで、"B"は自分的には勿体ない成績です。ちなみに「イラスト1」はスレスレだったんで、ちょっとはスキル向上しているのかな?
同時に提出した「Web2」の結果は未だ...

ところで、昨日の夜はサテキャンへ情デ主催の特別公開講座を聴講に行ってきましたよ。
今回の講師は、インテンショナリーズを主催されている鄭秀和氏。学校側の提示したテーマが難しいとか、何を話すか整理できていない、などと言いながらも、過去の作品やそれに対するエピソードなど、いろんな角度から話を聞かせて頂きました。ここでの内容については別途記事にしたいと思ってます。
さて、そろそろ出かけようかな。14時から単位修得試験なんで、今日もサテキャン行かないと。(結局準備不足...)

October 13, 2006

やっと休暇が

10/20まで取得期限となっている選択休暇(所謂、夏休みですね)。
残りが2日あるのに、仕事の都合でなかなか取れなかったけど、PJ内の調整ができたんで、この金曜日取得できることになりました。

と言うことで、横浜美術館で週末から始まった展覧会「アイドル!」を観に行こうと思ってます。
現代のマスメディアに影響を与えている「アイドル」をテーマにしているということで、所謂、テレビなどに出ている「アイドル」とは限りません。実際、前衛芸術家と言われる草間彌生氏が、あの表情でこっちを見つめている(睨んでいる?)宣伝ポスターを見かけたことがありますからね。
でも、最近、京浜急行の電車の車内で見かけるポスターはアニメっぽいものだけですが...

と言うことで、午前は横浜美術館で鑑賞して、夕方からはサテキャン開催される情デ主催の特別公開講座を聴講しようかなあ。今更だけど、入学する前に聞いたことがない「入学説明会」を受けるのもアリかもね。
ところで、単位修得試験の準備はどうなった?(自問自答)

October 09, 2006

今日は学習会

朝起きたら、今日も青空。しかも雲一つない快晴でした。連休三日間とも晴天って、久しぶりに感じる。
さてさて、今日は学習会に。サテキャンの教室は確保できず、その代わりに別の場所で部屋を確保したとのことで、都内(中央区銀座)の歌舞伎座の辺りまで行ってきました。参加者は私を含めて二人。人数的には寂しいけど、学習意欲を高めようということで開催決定となったんで、参加させて頂きました。
でも、青空に惹かれて、途中で何度も近辺を散歩して息抜きさせて頂きました。この連休は毎日学習してたんで、これくらいはいいでしょ!?
今回の学習会は主に今週末(土曜日)の単位修得試験準備。あとは、シラバス眺めて今後の作成会議など...
最終プレゼンもあるけど、卒制着手条件がクリアできるのか、そして何よりも来月早々のスクーリングの事前課題は大丈夫か、など諸問題が山積みとなっていることを再認識して、ブルーな気持ちになってしまいました。
とにかく、目先の問題から一つずつクリアせんと,,,
下の写真は夕方の和光の前。18時過ぎだというのに、すっかり日が暮れてます。一歩一歩冬が近づいているんですねえ。

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「写真芸術論」つづき

この土日は「写真芸術論」の第二課題をやってました。
金曜日は風雨が強かったんで、土曜日も天気が悪ければ、うちに籠ってレポート書き、と思ってたのに、土日とも「天高く...」の言葉通りに澄んだ青空が広がる良い天気に。
そんな青空に惹かれて、食事の時だけは外に出ましたが、土曜日の日中はうちでレポートを。
でも、なかなか集中出来ずに遅々として進まず、土曜日でほぼ完成させるつもりが、結局は日曜日の夕方までかかっちゃいました。
べったり2日間をレポート作成に費やした訳ではないですけどね。
土曜日は前日の徹夜のせいで昼まで寝てたし、深夜にテレビで映画観てたし。食事も散歩を兼ねてちょっと足を伸ばして外食してました。そんなこんなの積み重ねで、当初の目論みの日曜日の午前完了目標が日曜日16時完了目標にシフト。でも、それも敵わず結局完了したのが目標を2時間以上過ぎた18時になっちゃいました。(そのあとは郵便局の夜間休日窓口へ持ち込み)
まあ、普通郵便でも締め切りに間に合う時間だったのでいいですけど。
最期はバタバタしながらやったんで、またまた推敲不十分。読み返すと落ち込みそうなんで、とりあえず止めときます...

October 07, 2006

「写真芸術論(第一課題)」

徹夜勤務明けで家に帰ってきたら、「写真芸術論(第一課題)」の添削結果が戻ってきてました。
この課題では、以下の4つのポイントについて評価されます。

・ 問題意識の鮮明さ
・ 作品の記述・描写の的確さ
・ 論旨の明快さと説得力
・ 結論の独自性

どうも「結論の独自性」に対する評価が一番悪かったようで...
ヘルムート・ニュートンの写真史の位置付けや、「ファッション写真」における彼の写真の意味、そして他作品との比較とか、そんなところをもう少し説明してほしいというような評価を頂きました。
う〜む、結論における独自性が一番不足しているのか...
では、多少ぶっ飛んだ結論でもありなんかな?

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『写真芸術論』レポート(第1課題)

ヘルムート・ニュートンにおける性の表現※ 選択テーマ:(1)身体/自己/性

1.はじめに
ヘルムート・ニュートンの写真の女性たちは、見事なプロポーションを持っている。
そして、その流れるような曲線と艶やかな肌の質感は、見るものにエロチシズムを感じさせる。
しかしながら、逆に、肉体、あるいはその内面から発する生々しさが感じられず、乾いた、何かしらよそよそしさも感じさせるときもある。それは、生身の人間でありながら人形であるような感覚を生み出し、まるで、ニュートンが想い描く通りに画面へ配置されたオブジェのようである。
この感覚は、ポール・デルヴォーの絵画を見ているときにも感じるものである。陶器のような白い肌と、美しいプロポーションを持っていながら、生気を感じさせない、亡霊のようなデルヴォーの描く女性達。
ニュートンが自らの作品で捉えようとした女性の姿とは、その写真表現に込められ意味とは、何だったのであろうか。

2.身体の性差の強調
ヘルムート・ニュートンは、1920年にドイツのベルリンの裕福なユダヤ人家庭に生まれた。しかし、のちにナチの迫害を逃れてシンガポールに移住し、最終的にはオーストラリアの市民権を得る。ヘルムート・ニュートンの作品においては、後年の心臓発作によって作風が一変したと言われるが、このように様々な国を渡り歩いたことも作品へ与える影響として大きかったのではないだろうか。写真から湧き出てくる退廃感も含めて、ルードウェヒやビスコンティの映画で描かれる社会を感じるのはその現れであろう。

ニュートンの作品を評した下記の文章がある。
「女たちがエロティックな肢体をさらけだしながらも、その無表情な眼差しは、して男に媚びるのではなく、むしろ対等に快楽を享受する女の姿が表現されている。ただし、ニュートンの作品が、メイプルソープに比べてどうしても拭い切れない印象があるとすれば、それは、すなわち男が女の添え物として間の抜けた存在であればあるほど、女の姿があまりにも美しくエロティックに映ること、(後略)」(1)

これを示す作品として、ヘルムート・ニュートンの写真集『BIG NUDES』に収録された『Sie kommen㈵ Paris 1981』(図版1)と 『Sie kommen㈼ Paris 1981』(図版2)がある。この2つの写真は、写真集を開いたときには、見開きの左右に並んでいる写真である。この2つの写真のなかでは女性達は同じポーズを取っている。しかし、左側のページではきっちりとパンツやタイトスカートを履きこなしているのに対して、右側のページでは一糸纏わぬ姿である。ヒールの高い靴を履いているが、カメラからの視線に対して、彼女達の裸体を隠そうとするものは何もない。

つまり、男性が美しいと感じる女性を見たときに、その衣服の下を見たいという欲望を具現したかのような光景が、写真集のページを広げた瞬間に展開されるのである。

このように、ファッション写真という領域で脚光を浴びたニュートンは、男性が女性に感じる「性差の強調」によって、男性、あるいは自分自身の持つ欲望を写真の中で具現化しようとした。

3.表現方法のパターン
ニュートンの作品を見ると、幾つかのパターンを感じさせる。
一つは、現実の場所なのに、ありえないシチュエーションが展開するパターンである。
『Elsa Peretti New York 1975』(図版3)は、そのパターンが見られる作品の一つである。
昼下がりの乾いた空気のなかで、ビルで埋め尽くされた街の一角で煙草を一息ついているかのような女性の姿。黒のレオタード、黒の網タイツ、そして黒のロングの手袋が彼女を均整の取れた彼女の肉体を包み込んでいる。それらの合間から露出した白い肌が作り出すコントラスト。彼女は、まるで都会に紛れ込んだウサギのようでもあり、町に住む普通の人たち(=アリス)を不思議の国へと誘うべく、つかの間の休息を取っているかのようである。しかしながら、女性の持つ現実離れした立ち姿に対して、現実の風景でありながら背後のビル群からは精気を感じられない。
そのため、画面から漂う「怠惰な空気感」が観る者に強烈なインパクトを与える。
このように、日常の中で見られるごく普通の風景のなかに、異質なものを組み合わせるのである。

もう一つは、映画のワンシーンであるかのような、ストーリー性を持たせたものである。ここでは、流れ行く時間の一瞬を切り取ったかのようでありながら、あくまでも計算された画面が展開される。
『Woman into man Paris 1979』(図版4)は、エレベータホールで展開される男と女のストーリーの一コマであろう。
煙草同士を付けて火を移すという行為であるだけでなく、女性に迫る男性とその距離を保とうとする女性という構図が、男性の上半身の傾き加減と、女性の左手の仕草から感じられる。しかしながら、彼女のスカートのスリットから垣間見られる脚は、その行為に反して挑発的である。

3.眼差しの交錯
加えて。ニュートンの作品を見ていると、不思議な感覚に陥ることがある。
例えば、テキストの中で紹介されている『Self Portrait with wife and models Paris 1981』(図版5)がある。ここでは、カメラを通して、全裸の女性に向けられたニュートンの眼差しとニュートンの妻の眼差しとが交差する。

しかし、ここには、写真のなかにいる人間同士の視線の交差だけではなく、写真の中の人間が、その写真を見ている人間へと視線を注いでいるような、もう一つの視線の交差が存在するように思える。本来であれば、写真の中の出来事に対して第三者である「鑑賞者」が、ニュートンの作品では「干渉者」として組み込まれてしまったかのように感じるときがある。つまり、視線の交錯、ニュートンが「覗き見」をしている我々を見透かしているかのように感じてしまうのである。
従って、この『Self Portrait with wife and models Paris 1981』では、ニュートンの視線はカメラ越しにモデルに向けられたはずであるのに(実際にはその目を見ている訳では無いのに)、鑑賞者であり傍観者である我々へ、あたかも「観察者」のような視線を投げつけていると言えるのではないだろうか。
また、『Two pairs of legs black stockings Paris 1979』(図版6)では、二人の女性の前には椅子のあり、そこにはテレビが載せられている。ブラウン管には何かのテレビ番組が映し出されているようにも見えるが、ブラウン管が鏡のように彼女たちを映しているようにも見える。このように、鏡だけでなく、ガラスを用いたテレビや窓など、光を反射するものが写真の中に存在することで、見るものにその視線を投げ返しているようにも思われる。

このような、「眼差しの交錯」によって、エロチィックな世界観が強調され、表現に深みを与えるのであろう。


4.おわりに
ニュートンは以下のように述べる。
「こういう雑誌にのっているものは、ファッションの世界でつくられているものよりも因襲的でありきたりだ。私がとても大切に思っていたある種の神秘性、ある種の秘めやかさは、こういう雑誌にぶちこわしにされてしまった。」と。(2)
そして、「はだしの女性と靴をはいた女性とでは立ち方が違う。ハイヒールをはいている時、女性の脚と背中にはある種の強さや緊張がある。筋肉が弛緩せず、はりつめていて、くっきりと際立つようになる。」と述べることで、自らの美意識に対する正当性を強調する。(3)
このように、ニュートンが自らの写真の中に閉じ込めようとした世界は、常に演出された「ヌード」、つまり人体の理想的な美しさを追求するものであり、モデルの持つ生々しい姿かたちをそのまま捉えた「ネイキッド」ではなかった。

しかし、ニュートンの写真が必ずしも芸術的な「ヌード写真」として扱われていなかったことを認識しなければならない。それは、ファッション写真の延長として性差の表現を取り入れたニュートンの作品が万人に受け入れられたかどうかという点があったからである。
参考文献『写真を<読む>視点』では、「ポルノグラフィは社会のなかで位置づけられ、議論の対象となる場合では、しばしば「猥褻」という概念で結び付けられる」と述べられている。
人々における「猥褻」の捉え方がどうなのか、という差分があるとしても、社会的観点から見たときの特殊性、あるいは反社会性が色濃く強調されていることが、性(あるいは性差)の表現というテーマが根底にあるとすれば、ニュートンの捉えた写真、および写真の持つ世界観は「性の表現」として特筆すべきであろう。


 ■ 註

(1) 二階堂充・天野太郎・倉本信乃著『横浜美術館厳書1 ヌード写真の展開』有隣堂、1995年、
85ページから引用

(2) ジェイン・ケリー編/高橋則英訳『ヌードの理論』青土社、1994年、109ページから引用
(3) ジェイン・ケリー編/高橋則英訳『ヌードの理論』青土社、1994年、110ページから引用

■ 参考文献
・ アール・ヴィヴァン編『ヘルムート・ニュートン写真集 BIG NUDES』リブロボート、1991年 
・ 二階堂充・天野太郎・倉本信乃著『横浜美術館厳書1 ヌード写真の展開』有隣堂、1995年
・ ジェイン・ケリー編/高橋則英訳『ヌードの理論』青土社、1994年
・ 飯沢耕太郎著『講談社現代新書 写真美術館へようこそ』講談社、1996年
・ 小林美香著『写真を<読む>視点』青弓社、2005年
・ Marshall Blonsky ”Helmut Newton Private Property” Schirmer Art

October 06, 2006

仕事の都合で

当初は直接タッチする仕事ではなかったんですが、同じグループ内の作業なんで飛び込み業務のフォローをすることに。そんなこんなで、昨日は徹夜勤務になってしまいました。
まあ、仕方無いですけど...
でも、ちょっとでも手がけようとしていたレポートが全然進まなかったのは、結構痛かったかも。
締め切りまでの残り日数少なくなってきたな!?

October 05, 2006

「現代デザイン論」第二課題

続けて書きます...
うちに帰ったら、「現代デザイン論」の第二課題の添削結果が返ってきてました。
この課題では以下の4つの評価ポイントがあるんですが、そのうちの2つがA評価でした。("A"って、久しぶり!!)
「文章表現の正確さ」と「論点の整理と構成」が今ひとつだったけど、「独自の観点」と「資料の活用」が評価対象になったみたい。資料の活用という点については、図書館通いや購入した本(ほとんどが積まれたままですが)のお陰ですかね。

と言うことで、ちょっと長いですが、いつものようにレポート掲載しておきます。参考にしてみてください。(反面教師?)

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「現代デザイン論」(第二課題)

■ デザインの社会・時代との関わりについて
 20世紀は、デザインが多種・多様化していった時代であったと言えよう。 特に第二次世界大戦(太平洋戦争)以降の20世紀後半は、日本において、「デザイン」という言葉だけでなく、「デザインする」という行為自体が確立した時代と言っても良いだろう。  
 参考文献『常用デザイン』のなかでは、「20世紀はデザインの創成期であった。誕生して、成長して、ちょうど少年期を終えた辺りだ。中でもグラフィックデザインの成長の歴史が判りやすい。」と記載されているが、グラフィックデザインに焦点をあてて、デザインの社会とのかかわり、および時代との関係を考えてみたい。  
 グラフィックデザインと社会・時代との関係を考えるとき、2つの組織が思い当たった。 一つは日本工房であり、もうひとつは日本宣伝美術会である。  日本工房は、ドイツで報道写真家となった名取洋之助が主宰し、木村伊兵衛、原弘、岡田桑三、伊奈信男らが同人として参加して、1933年に設立された。同人たちはのちに脱退したが、名取は日本工房を再建する。再建後に一員となった亀倉雄策の「極端な言い方をすれば日本工房は図案とか広告とかそういう概念を一蹴し、まったく隔絶したデザインという新しい分野に対して活動を開始したといえよう」という言葉にあるように、写真を視覚的構成要素として捉え、再構築するという近代的デザインが実行された。 しかし、日本工房にはもう一つの側面があった。それは、戦時中という時代情勢を反映するかのように、対外宣伝誌の編集・制作という、内閣情報局と陸軍報道部との間で下請け作業的な役割を果たしたということである。戦争の時代において、日本工房は、「国際報道工芸」、「国際報道」と名前を変えていくのであるが、それは“報道工芸”をこの世に残すための苦汁の選択であったかもしれない。
 同時期を示した亀倉の言葉がある。
「いよいよ戦争は深刻化し、満州に大きく火をはくこととなってしまった。ここまでくると国民の力を結集しなければどうにもならないと政府は宣伝にやっきとなった。(中略)この指揮下に入らなければ一介の労働者として工場に徴用された。徴用か兵役のどっちかがデザイナーたちの前にたちふさがったのである。」
 日本工房は、戦前の日本へ本格的なデザインの思想を取り入れるとともに、戦争とデザインとの関わりにおいて、負の一面を表した存在ともいえるだろう。

 戦前の日本工芸が、ドイツ工作連盟などのヨーロッパのデザイン運動に影響を受けたとすれば、戦後の日本はアメリカの占領下という環境から、アメリカの工業デザインに強い影響を受けたと言えよう。
 そのような状況のもと、山名文夫、河野鷹思など7名が世話人となり、日本宣伝美術会(日宣美)が1951年に発足した。  
 日宣美は、宣伝美術に対する社会的認識の強化、職能地位の確立、著作権の擁護、および生活の相互補助を目的として結成された職能団体であった。 創設と同じ年に、初の展覧会が開催され、以後、毎年開催されることになった。
 この展覧会は、当初は会員作品のみの展示であったが、1953年から公募作品も展示されるようになり、新人デザイナーの登竜門的な色合いが次第に濃くなっていった。
 日宣美の活動中であった1955年、日宣美主要メンバー7人に加え、ポール・ランドを招待作家として加えた展覧会「グラフィック‘55」が開催された。この展覧会と日宣美の公募展との違いは、出展作品の多くが実際の広告物として印刷されたポスターや、書籍、雑誌などで構成されていることであった。展覧会のための作品と日々のデザインワークの中で生み出された作品との違い。参考文書「デザイン史を学ぶ クリティカル・ワーズ」では下記のような一文がある。
 「印刷物として複製を前提にしたデザインは、製版・印刷のプロセスを経て、はじめて完成とみなすことができ、作品に対するリアリティをいかなるレヴェルに求めるか、という問いかけを根底に含んでいたと考えられる。」
 日宣美展への応募者はグラフィックデザイナーに憧れて応募するが、その憧憬である審査員たちはグラフィックデザイナーではないというジレンマ。日宣美が持つデザイン界における権威や影響力が大きくなっていくが、逆に画一化されたスタイルとして制度化した展覧会の内容が危惧され、批判の声も強くなっていった。そして、日宣美粉砕共闘の批判運動を発端に、日宣美内部での議論を経て、1969年に解散となった。
 日米安保闘争などの時代背景とも重なり、単なるデザイナー同士の協会という位置付けに収まらず、権力の象徴と捉えられたことは、日本工房とは全く違った立場であったが、時代という潮流に振り回されたという点では印象的な存在(出来事)であったと言えるだろう。

■ 現代におけるデザインの果たす役割について
 一般の視聴者・読者を対象としたテレビ番組や雑誌でも、プロダクト、グラフィック、建築など異なる分野に捉われることなく、デザイン、あるいはデザイナーの特集が組まれるようになった。
 10年位前は、デザインと言えば、その分野に携わる者のみを対象とした専門書しかなかったように思える。コンピュータを使ったデザインワークの本についても、そもそも一般ユーザレベルで扱うことができるソフトウェアの種類が少なかったため、同様の状態であったような記憶がある。
 しかし、コンピュータの一般惣への普及とともに、高度なデザインのテクニックの一部をコンピュータが肩代わりすることとなり、加えて現在は一般メディアがデザインという領域(あるいは、単にデザイナーという職種)を取り扱うようになったため、一般層への浸透度は高くなる一方である。
 このようにデザインがもてはやされる風潮を、日本人特有の過渡的な現象の表れとして捉えてよいであろうか。
 ここに「デザイン」の発展に対するキーポイントがあるように思える。デザインとは元々は特別な行為ではなかったからである。

 ところで、デザインと言っても、モノを設計するという意味でのデザインワークに関わってきた自分としては、プロダクトが果たす「機能・性能」という面に特に注視してきた部分がある。
 まず、顧客は要求する機能なり、性能なりが達成しなければ、プロダクトとしての存在理由が問われるのではないかというのが自分の考えの根底になった。

しかし、近年の技術進歩では、企業間の技術格差はほとんど無い状態となってしまった。したがって、従来はプロダクトにおける差分の指針であった機能・性能も、それ程の違いは無い。そこで、プロダクトに対して差分を持たせるための新しい要素が必要となった。
 それは広義の意味での「ソフトウェア」であった。実は差分がほとんど消失したのは、プロダクトの中で使用している部品のせいである。例えば、ウィンドウズのパソコンのほとんどにインテル製のプロセッサとチップセットが搭載されている。「ハードウェア」が同一となってしまえば、何を持って差分とするか。
 プロダクト(=ハードウェア)を動作させるための機能を持つソフトウェアであり、加えて、プロダクトに「魅力」という付加価値与えるソフトウェア(=デザイン)がその役割を果たすであろう。「広義のソフトウェア」と述べたのは、デザインもソフトウェアを位置付けたからである。
 ここに、デザインの重要性が込められているように思える。

 「グローバリゼーションの果たした役割は、デザインは世界戦略の要ということを企業が認識したことだった。その国の風土に合わせるデザイン上の微調整は必要であるが、デザインは一種の共通言語として活用できることが実証された意義は大きい」この言葉にあるように、「デザイン」を前面に打ち出した多くのプロダクトが出現することとなった。
 また、前回のレポートでも記載したが、「情報化時代のデザインは、デジタルとアナログの間、いや技術の進化と人間の皮膚感覚との間で格闘をし始めている」(6)とすれば、一般メディアに取り上げられない無名のデザイナーの存在と彼らが有するスキルが、日本のデザインを支えていると考えても良いのではないだろうか。

■引用した参考文献
(1)南雲治嘉著「常用デザイン」グラフィック社、2004年、108ページより
(2)藤田治彦著「現代デザイン論」京都造形芸術大学発行、1999年、136ページより
(3)亀倉雄策著「gggBooks別冊 亀倉雄策」トランスアート社、2006年、37ページより
(4)橋本優子・菅谷富夫・肴倉睦子編「デザイン史を学ぶ クリティカル・ワーズ」フィルムアート社、2006年、186ページ
(5)南雲治嘉著「常用デザイン」グラフィック社、2004年、93ページより
(6)竹原あき子・森下明子監修「[カラー版]日本デザイン史」美術出版社、2003年、140ページより

「写真芸術論」の結果も

9月に提出したもう一つのレポート課題「写真芸術論(第一課題)」の結果が出てました。
とりあえず再提出は無かったので、一安心です。
先日も書いたように、第二課題はシンディ・シャーマン絡みで「セルフポートレート」をテーマにしようかなと。
でも、彼女から森村泰昌氏〜澤田知子氏と展開したら、「セルフポートレート」というよりも「変身写真」というジャンルが成立しそうな感じもする。この考えに沿って、やなぎみわ氏も加えると("My Grandmothers "で自身が対象になったことがあるそうな)、写真というより現代アートに対するレポートになっちゃいそう。いっそのこと、これらを引っ括めた内容で、同じレポートを「写真芸術論」と「近現代美術」に出すってのは...
やっぱりダメですよねえ。

October 04, 2006

9月のスクーリング結果

月曜日、9月のスクーリング(平面構想)結果が返ってきました。
三日間とも品行方正(!?)に過ごしたので、一応、合格でした。作品の善し悪しに対する評価は年度末までお預け。
でも、2年次分として取ったイラスト系スクーリング/作品課題ともかなり成績が悪い。なんで、今年度はその傾向を払拭したいためにイラスト系のスクーリングを増やしたんだけど、結局は発想(技法に対する発想含めて)が平凡なままのような。なんで、そこそこの成績だったら良いかなと妥協する自分も居たりする。
点数を競っている訳でないけど、成績表に付いちゃうものはやっぱり気になるものですねえ...

ところで、「写真芸術論」の結果が未だ出ないんですが、第2課題のテーマに窮してきたんで、前から気になっているCindy Shermanにしてしまおうかなと思っている。どんな展開とするか、全然考えついていないけど。彼女の写真集"Untitled Film Stills"は近所の図書館にあるかなあ...

October 03, 2006

「現代デザイン論」の結果

9月に提出したレポート2つのうち、「現代デザイン論」の第2課題に対する評価が出てました。
2005年度のレポート課題では一度も見ることがなかった「A」でしたよ。
そういえば、今年度は「B++」という、不思議な評価を貰ったなあ。そこまで付けるなら「A」でもいいでしょ、って思っちゃった。

手抜きをしている訳でないですが、初年度より推敲の時間が短くなった分がそのまま成績に反映されているかのようにも思えた最近のレポート課題への評価。今回もかなりの短期間での作業だったんで、再提出にならないことだけが望みでしたが、以外と高い評価でした。講評を見ないと何とも言えませんけどね。(お情けかもしれない...)
単位修得試験をしっかりやれ、とプレッシャーを頂いたような感じもするのは気のせい??

October 01, 2006

ディスプレィ

8月が多忙だったせいで、いつもより手当が多く貰えたので、これを機に前々から考えていたディスプレイの大型化(17インチから19インチへ)を実行しました。
今まで使っていたCRTディスプレィと同じEIZO(ナナオ)にしようと考えていたんですが、同等のスペックで数千円安かったMITSUBISHIのものに。通常時だとナナオの方が安いけど、期間限定で割引中だったんで、安いほうに。このケチった分がどう響くか...

これで、フォトショップやイラストレータの作業がし易くなりそう。ツールのウィンドウって、結構スペース取るんですよね。
でも、使い始めたら色の見え方が今までと違うんで、ちゃんとチェックしないと。今までの設定が違っていたという可能性が大きいけど...

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