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February 03, 2007

「近現代美術」の第二課題

連続投稿です。
「近現代美術」の第二課題の添削結果が返ってきました。
テキストの該当部分の執筆を今回添削の先生が担当されていたようで、それに対する私の意見が気に入ったらしく、久しぶりの好評価。(必ずしも「高」では無い、と思う...)
と言うことで、いつものように全文掲載します。反面教師としてね。(長文で失礼します!!)

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『近現代美術』レポート(第2課題)〜萬鉄五郎「裸体美人」に対して
■ 対象作品   萬鉄五郎「裸体美人」
■ 鑑賞日時   2006年9月26日
■ 鑑賞場所   東京都千代田区 東京国立近代美術館
■ 展覧会名   「モダン・パラダイス 大原美術館+東京国立近代美術館〜東西名画の饗宴」
■ 形状、素材  キャンバス、油彩

1.はじめに
 昨年の秋、東京国立近代美術館で開催された「モダン・パラダイス 大原美術館+東京国立近代美術館〜東西名画の饗宴」で鑑賞する機会を得た。
この展覧会に対しては、強くこの作品を見たいという意気込みは希薄であり、どちらかというと本レポートの題材となるものがあればと、いう感じでの観覧であった。
 しかしながら、もっぱら宣伝広告に使われていたゴーギャンの作品やモネの作品、そして絵画だけでなく写真、彫塑など幅広い展示会であった。
そこには、「モダン・パラダイス」というひとつのキーワードだけが存在しているのではなく、「モダニズム」と「パラダイス」というふたつのキーワードが存在していたのである。
 そして、「楽園(パラダイス)へ」と題されたコーナーに進んだとき、先のゴーギャンの作品と同じフロアに置かれたひとつの作品が強く印象に残った。
ゴーギャンが「かぐわしき大地」(図版1)で描いた、鮮やか、というよりも毒々しい色使いの森の中で、力強さが漲る太い脚で立ち続ける女性の姿。それと対峙するかのように、萬鉄五郎が「裸体美人」(図版2)で描いた女性の姿。燃え立つような緑の草原に寝そべり、赤い腰巻のみを身につけた上半身半裸の姿。
 本来であれば、南国は開放的、北国は閉鎖的という捉え方をされるのに、この2枚を比べると、萬の絵のほうがゴーギャンの絵よりも、はるかに開放的な印象を感じさせられた。

2.作品「裸体美人」の印象
 この「裸体美人」は、萬が東京美術学校西洋画科の卒業制作作品として描かれた油彩の作品である。
 私が作品を観て印象に残った部分を幾つか挙げてみる。
 まず一つは、「赤と緑の対比」である。腰巻の赤と草原の緑という正反対の色を配置したことにより、一見したときに、いやおう無しに腰巻が眼に飛び込んでくるのである。
 そして、大正元年という時代であれば、閉鎖的な状況下にあったと思われる片田舎で裸体を曝け出しているということ。しかも、その脇からは黒い腋毛が覗いているのである。見られることを意識している現代では、女性が腋毛の処理をしないことはないであろう。その点でも、強烈な印象を与えられた。
 また、雲や山への色の使い方。妙に朱色がかった雲や青色というよりも紫色がかった遠くの山々。実際に見る、あるいは感じる色とは微妙に食い違った色使いが、牧歌的な風景であるにも関わらず、不思議な印象を与えられた。
 そして波打つ川のようなうねりを持って描かれる草原と、そのうねりに反するかのように無造作に描かれた雑草の表現。この雑草の描き方が、子供の絵を思い浮かべるような稚拙な描写のようにも感じられた。
 「モダン・パラダイス展」のカタログでは、下記のように記載されている。
『当時雑誌等で紹介されたゴッホ、ゴーギャンらの新傾向の作風を意欲的に取り入れた作品であり、わが国におけるフォービスムの始まりとも評されている。』(1)
 また、『もえたつような線の表現にゴッホからの影響を指摘できるし、顔や人体の大胆なデフォルマションに、フォービスム時代の作品の影響をみとめることができる。』(2)
『フォービスムの特徴は、遠近法による伝統的な三次元的空間を拝し、大胆で荒いタッチのなかに生の色彩を平面においたところにある。』(3)
この言葉に沿えば、萬のこの作品に見られる、自由で生きいきとした表現、あるいは都会という空間から地方という空間へと解き放されたことによる開放感。
 私には、テキストに掲載されているマティスの描くフォービスム作品に見られる「荒さ」や「大胆さ」に欠けると思える部分もあるが、それらがフォービスムとの共通点とされたところではないだろうか。

 ここでひとつの疑問点が浮かんでくる。
 フォービスムとの共通点から、ここでは、都会という閉鎖的な空間から地方という開放的な空間へと誘う作品であると解釈したが、萬の時代(大正元年)では、都会よりも地方のほうが古いしきたりや風習に捉われた閉鎖的な場所であったはずである。
そのように考えると、萬が示したかったのは、田園風景という空間に、あえて開放的、言葉を変えると開けっぴろげで少々下品そうな女性を配置することで、地方の閉鎖性を批判したかったのかもしれない。

3.近代洋画における位置づけ
 テキスト中の「ヌード」の章では、近代洋画の父と称される黒田清輝の「野辺」の後に上述した萬鉄五郎の「裸体美人」が紹介されている。
 黒田清輝の「野辺」は柔らかい雰囲気を持つ絵であり、その絵の中にいる女性も、か細い肢体、草原に投げ出された長い髪、そして物憂げな(あるいは、生気が希薄な)表情と、清楚で儚い存在として描かれているように思える。
それは、まるで裸体画が受容される地盤のなかった西洋画の黎明期における日本に対して、その魅力を伝えるための作品であるとともに、人々に強い刺激を与えないよう、あえて控えめな表現を使って提起したかのような作品であったようにも感じられる。
 モデルに似せて写実的に描いたものと思えるのだが、テキスト中で、『黒田がラファエル・コランに学んだ女性像の規範とは、19世紀後半にフランスのサロンでもてはやされた女性像であった。』(4)と述べられているように、もしかしたら西洋的な美人像を踏襲して描いたものなのかもしれない。
 では、萬鉄五郎の「裸体美人」はどうであろうか。
 萬が「裸体美人」で描いた女性は、顔や肢体がデフォルメされていることもあり、西洋的な美人像の基準からすれば、必ずしも美人と言えないように感じられる。
言葉は悪いが、場末のスナックにいるホステスの笑顔のように誘うような表情と肉感的な肢体から、おおらかで包容力に溢れた印象を強く受ける。
 これは、デッサンを基礎とする西洋美術の系譜とは異なるようのではないだろうか。
黒田が師事したラファエルが『印象派の外光表現を取り入れる折衷主義者』(5)であり、自身についても『彼のもたらした西洋画風はまわりの期待するほど新しいものではなかった』(6)と述べられているように、黒田の絵は、全体がきっちりと纏っているが、迫力に欠けたこじんまりした作品となっている。
萬の作品は、それとは逆に奔放で大段な表現が感じられる。
ここには、西洋アカデミズムを誠実に移植すべく努力した黒田清輝と、日本前衛美術の突破口となった萬鉄五郎との相違点が存在するのである。
 そのように考えると、萬の描いた「裸体美人」の女性は、西洋アカデミズムに対する「美しき刺客」だったのであろう。

4.おわりに
 萬の別の作品として「もたれて立つ人」(図版3)がある。
キュビスムの手法を取り入れられているこの作品に対して、以下のような記述がある。
『にもかかわらず、暗い背景から画面一杯に赤く浮かび上がる女性の物の怪的な様子には、画家の出身地である東北地方の土着的な精神風土を思わせるものがある。』(7)
このように、萬の初期作品にはフォービスムやキュビスムという西欧の絵画動向を敏感に反応するという柔軟性が見られる。
加えて、「東北地方の土着的な精神風土」が作品の根底にあるという。
 ここで精神風土とはなんだろうか。
 東北地方、特に北国の人々は、寒さや雪という過酷な状況においても、無言でひたむきに耐えつつも、短い夏の祭りなどのハレの時には秘めたるエネルギーを発する。そして、知らない人間には無愛想でも、一度心を許せば人懐っこく接するのである。そのような瞬間には南国の人間以上に開放的になる。
 そのように考えると、萬のこの「裸体美人」が、日本のフォービスムの始まり=日本における色彩の開放への起爆剤だけに留まらず、日本西洋画のターニングポイントの一つとなったのは、そのような秘めたるエネルギーによるものだったのであろう。

 ■ 註
(1) 中村和雄、柳沢秀行他編『モダン・パラダイス 大原美術館+東京国立近代美術館〜東西名画の饗宴』日本経済新聞社、2006年、144ページより引用 
(2) 日本アート・センター編『新潮日本美術文庫35 萬鉄五郎』新潮社、1997年、8ページより引用
(3) 日本アート・センター編『新潮日本美術文庫35 萬鉄五郎』新潮社、1997年、8ページより引用
(4) 小林昌廣編『20世紀美術』京都造形芸術大学テキスト、1999年、118ページから引用
(5) 辻惟雄著『日本美術の歴史』東京大学出版会、2005年、364ページより引用
(6) 辻惟雄著『日本美術の歴史』東京大学出版会、2005年、365ページより引用
(7) 美術手帖編集部+谷川渥監修『20世紀の美術と思想』美術出版社、2002年、99ページから引用

■ 参考文献
・ 中村和雄、柳沢秀行他編『モダン・パラダイス 大原美術館+東京国立近代美術館〜東西名画の饗宴』日本経済新聞社、2006年 
・ 美術手帖編集部+谷川渥監修『20世紀の美術と思想』美術出版社、2002年
・ 日本アート・センター編『新潮日本美術文庫35 萬鉄五郎』新潮社、1997年
・ 辻惟雄著『日本美術の歴史』東京大学出版会、2005年 

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