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June 2009

June 30, 2009

天と地?

6月10日締め切り分の総合科目(レポート課題)の評価が出揃いました。
で、「天と地」というタイトルはちょっと大げさですが(笑)、再入学初のS評価とD評価を一緒に頂きました!?(苦笑)
まさか、「学術基礎1」で再提出になるとは...
何か大きなヘマをやらかしたようですねえ。そもそもの課題内容を取り違えたとか...
ちなみにS評価は「写真概論」(第一課題)でしたよ~

天候不順

この月曜日は、ウチの会社の工場(栃木県北部)へ日帰りの出張でした。
多分、大学に入ってから初めての出張です。東北新幹線に乗車するのも久しぶりな感じです!?
なんで、思わずMaxやまびこの2階席に乗ってみたけど、途中から居眠りしてたんで、意味無いですね。(笑)

この日は、朝は天気が良くて、8時台で既に暑かったのに、工場から引き上げた20時台には雨が降り始めました。最近は天気に泣かされるような...(苦笑)
と言うのも、日曜日が久しぶりの休日出勤となったけど、電車が遅れたせいで、休日は本数が少ない駅から会社までのバスに載り損ねて雨の中を会社まで行ったり、帰りも降ってないと思って徒歩で駅まで向かったら途中で雨に降られたりという感じだったんで。何故か傘も壊れたしね!?

ところで、6月に提出した総合科目のレポート結果が一つ提示されてました。
「メディア論」(第一課題)です。結果は合格でしたよ〜
先の在学中に提出した結果は"C"だったけど、今回はそれよりはまだマシです!?
残り2科目もそろそろ結果が出るかなあ〜
あっ、日曜日が一日仕事で潰れたんで、総合科目のレポートが手がついてませんね...

June 27, 2009

学習会活動

今日は、午後から住居の火災設備点検なので、自宅で引き蘢ってます!?(笑)
外が暑そうだからいいけどね。全部の部屋の窓を全開にしてると、ちょっと強めの風が入ってくるんで、そとよりは全然マシですねえ〜

ところで、学校から「雲母」の7月号が来ました。宛先シールに記載されている数字を見ると、在校生分より卒業生分が先に着いたようで。(苦笑)
で、巻末の方に学習会紹介があったんで、読んでて思ったけど、うちの学習会(ゆるゆる学習会)って、学校に学習会立ち上げた事を通知してないような...(ですよね、総長??)
そう言えば、総長に聞いた事なかったなあ。今年で5年目くらいのはずなのにねえ。
まあ、他の学習会のようにコンスタントに大勢参加する状態ではないし、「細々と」かつ「ゆるゆる」とやっていきましょうかね!!

June 25, 2009

提出物の不備

日曜日に送付した空デの専門課題ですが、6/23の夕方に大学の教務から連絡があり、提出物の不備(制作レポートの添付無し)があるので、締め切り日の6/25必着で不足分を送付して欲しいとのこと...
当日の持ち込みが出来る状況では無いので(休みを取る余裕も京都への交通費もない!?)、翌日の6/24には速達か宅配便で発送しないといけない!!
と言うことで、火曜日6/23は終電で帰宅したあと、晩御飯を食べて午前1時過ぎからレポート書きをスタートしました...
帰宅の電車の中で構想をしてみたけど、読み返すと中身がスカスカだったんで、図書館に自宅にある本を参考文献として埋めるのに(字数も内容も)苦労しましたが、「酒の勢い」で、何とか4時過ぎには形になって、ひと寝入り。外が明かるかったけどね。

水曜日6/24は昼頃から都内のお客のところへ出張だったんで(その準備で終電での帰宅となった)、出張前の10~15分間で会社で内職して最終チェックとプリントアウトして、横須賀から都内への移動完了後、お客の会社が入居しているビル内の郵便局へ駆け込み、速達で郵送しました~
結構タイトロープな状態でしたねえ。
で、先ほど、受付処理が完了したことをサイバーキャンパスで確認したけど、レポートのデータを再確認してたら、タイトルに書いた課題の名称が「演習1-2」ではなく「演習1-1」になってました!?(苦笑)
まあ、無事に受領されたから良いけどね...(笑)

June 23, 2009

「身体デザイン論」(第一課題)の添削結果

「身体デザイン論」(第一課題)の添削指導評価書が届きました。(添削指導を最後に貰ったのは去年の事かなあ??)
で、 下記のような評価でした。

■ テキスト内容理解:A
■ 自己体験・視点 :A
■ 独自調査・文献 :S
■ レポート形式  :S

今年度から取り入れられた”S”(!?)があると言っても、頂いた評価コメントでは、身体加工の側面として提示した「不在のモデル」と「記号化」の差分が不明確なことと、締めのコメント(主張)が漠然としたものとなってることが残念とのことでした。
自分が興味を持っているテーマということで再度チャレンジしてみたけど、まだまだですねえ〜(苦笑)
でも、テーマの深さを再認識できたんで、今後に繋げていければいいなあ...

ところで、課題提出の仕方に不備があり、教務課からお叱りのコメントを貰いました。(泣)
綴じ方が違うことと、宛先表示が添付されていないということでした。
うろ覚えのままで、シラバスをちゃんと確認しなかったのが原因です...
慣れていると慢心せずに、毎回確認して準備しろ、と言う事ですかねえ。

June 22, 2009

6月の制作課題提出

この日曜日は、雨模様で引きこもり状態を強要されたんで、午前は「写真基礎演習1」の第一課題を終わらせて、午後は「空間演出デザイン演習1−2」の第一課題(=巨匠の食卓)を。
この二つの課題は、スパートはこの日曜日だったけど、これまで構想や写真の撮り貯めなどの事前準備があったから何とか形になったような感じです。
写真の課題は、卒業後の4〜6月に撮ったものからセレクトしたものだし、空デの専門課題は、学習相談会でU田先生に告げた「巨匠」から転換するのに悩んだりした訳で。
と、言っても、形にはなったけど、未だ不十分な部分があるのは否めません...(苦笑)
「ヘルムート・ニュートンの食卓」ってのも、かなり気になったけどねえ〜

写真の課題の方は、前は無難な作品だったんで、今回はピンボケ、ブレブレ多発で、ちょっと遊んでます!?
なんで、写真としてのクオリティについては疑問点が多いです。こっちの方が再提出の可能性が高かったりしてね...(笑)

June 21, 2009

「身体デザイン論」(第一課題)レポート評価結果

6月10日に提出したレポート課題(4課題)のうち、「身体デザイン論」の評価結果がサイバーキャンパスに提示されてましたよ〜
いつもよりちょっと早いような気もするけど。他に提出している人が少ないのか?(笑)
で、評価結果は"A"でした!!
再入学後の初回の結果としては良好で、幸先良いスタートとなったかなぁ?
今年度から"S"評価もあるんで、一度は見てみたいものですねえ〜(多分、ムリ)

では、添削内容は後日機会があれば記事に載せますが、まずは提出したものを参考(なるのか?)として掲載しますね。

---
『身体デザイン論』レポート(第1課題)
「身体加工における皮膚という境目」

1.はじめに
 近年、ニューハーフタレントが毎日のようにTVの画面に現れ、男性が女性の身体と同じ外見へと手術することを「工事」という言葉で軽く表現していることを聞くことがある。
 また、男性のプチ整形という行為が広く行われていることということを聞くことから、本人が意図的に身体へ加工する罪悪感は弱り、その行為に異議を唱えることが少なくなったと言えよう。

2.身体加工の目的
 身体を加工する目的はなんであろうか。
医学博士であり、人類学に造詣深い吉岡郁夫が文化人類学的見地から書いた著書によれば、「身体変工」とは、「これは生きている人体の一定の部分に、長期的ないし不可逆的な変形や傷を、意図的につくる習俗である」(1)とし、「この変形は伸長、狭窄、穿孔、切開、切断、縫合、打撃、焼杓などの方法で行い」(2)と定義したうえで、身体を加工する目的としては、呪術、儀礼、医療、美容の目的で行われることが多いと述べる。
 これらは、民族や部族という集団のなかで共通して行われた行為であるが、私たちの日常、あるいは個人生活を考えた時に、身体を加工する行為の目的とは何だろうか。
鷲田清一が著書で述べるように、「身体表面の加工ということでは、いま述べたような身体の象徴的切断にとどまらず、それと同じくらい、ぼくらは身体にいろんな手を加えている。実際、身体のどこをみても、何の変工も加えることなしにそのまま放置してある部位がほとんどないということだ。」(3)
ピアスをするために耳たぶに穴を開ける、身体に刺青を入れるという過剰な行為も見受けられるが、髪を切ることや髭を剃るなどの身だしなみを整える行為だけでなく、メダボリック対策として食事のコントロールや運動によって体重や体型を変えようとする行為や、革靴を履き続けることによって足が変形してしまうことも、言ってみれば身体の加工という行為であろう。
これらの身体加工の行為において、共通している点は、他者に見える部分をどのように変化させるかという点である。
 例えば、先に述べたメダボリック対策で体型を変えることは、血糖値を減らしたいなどの将来の病気へのリスク回避という医療の側面が強いが、単にダイエットによって体重を減らしたい、あるいはプロポーションを変えたい、という欲求の根底には他人にどのように見られたいかという意識の方が強いのではないだろうか。
 また、自分のためと言いながらも、自分自身を客観的に見つめているもう一人の自分(イコール他者)という存在がいるは否定できないだろう。
「考えてみるに、どうもおそらく、身体を意識するよりも先に、身体のモデルがあるらしい。」(4)
 つまり、加工という行為は自分の意図であっても、何よりも他者の視線が問題視されるものなのである。
 自分が描いている身体モデルがあるからこそ、そのモデルに自分の身体を近づけようと努力することで、他者の視線に打ち勝とうとしているのであるが、そのモデルは固定ではなく、外部要因などの影響で時間とともに変化していくため、いつまでも自分の作り出したモデルから越えられることができないのである。
これは、テキストのなかで述べられている「不在のモデルをめがけて、自分自身の身体をかたどり、変形する」という部分と合致するものである。
 しかし、「不在のモデル」の獲得だけが身体を加工するという行為の目的なのだろうか。

3. 身体加工の簡素化
 鷲田清一は、吉岡郁夫が述べている身体の変工のように、長期的ないし不可逆的な加工を行わなくても、化粧や衣装により簡単に身体を変えられるということを下記のように述べている。
「衣服のかたちは、われわれが自分たちの身体に対してもつ意識や、意識に上がらない潜在意識との一種のかけひきのなかで決定される。それは、ときに、身体の存在をあたかも否定するかのように、つまり、その量感や輪郭を覆い隠すように構成されもするし、逆にそれらを浮き彫りにしたり、誇張するように構成されたりする。(中略)身体の表面を別の表面へと変換するという点では、ボディ・ペインティングも身体加工も着衣も基本的に差はない。ファッションとは、まずはわれわれの可視的な存在の変換プロセスのことなのである。」(5)
 つまり、可視的な部分を、自らの身体を傷つけてまでして変換を果たそうとするか、あるいは容易な手段でやり過ごそうとするかという差分でしかない。
「人が衣服を身につける理由をここで一応整理すると概略次の三点になる。一つは身体の美化(装飾説)、次に体形を隠す隠蔽説、そしてもう一つは身体保護説である。」(6)
これは、着衣の理由に関する記述であるが、身体の加工との共通点があろう。そもそも、衣服を着ると言う行為は、一番身近で簡単な身体への加工の手段ではないだろうか。
 上述の着衣の理由のなかで、身体美化説が身体加工の理由と共通するものがある。
例えば、上述の参考文献では、身体美化の理由として、1)権力や社会的身分の誇示、2)宗教的権威の表現、3) 心理的攻撃または威嚇、4)肉体的魅力の増大、を挙げている。
 そもそも、身体の加工自体が目的ではなく、加工によって得られた身体がもたらすものが重要なのである。
「ただ、人が美しくなりたいと願う気持は、単なるナルシシズムではなく、また自然や芸術を愛でる心ともちがって、美そのものに酔うというより、美によって幸福を求める期待感情に基づくのである。」(7)
 人間の内側から外側への発信する手段の一つとして身体加工があるとすれば、本当に見える部分を変えるだけでよいのであろうか。また、身体という外見に対する物理的な加工よりも、内面の精神的な加工の方が更に楽ではないだろうか。

4. 皮膚の存在
 「どうしても見せてはならない身体部位が本来ありえないのだとすれば、「隠す」という服飾の技法が、隠されるべきものをでっち上げることによって、じつはもっと大切なことを隠していることもありえるということだ。」(8)
 これは、アーティストの二コール・トラン・バ・ヴァンが自己の展覧会に対して述べた言葉、"Nude is never naked. We always are covered with the clothing of our bodies."も同じ解釈であろう。
第二の皮膚と言われる衣服であるが、衣服を脱ぎ棄てて、裸体になったとしても全てを曝け出している訳では無い。
「女性だろうと男性だろうと、身体は公共の場ではいつも記号としての衣服に媒介される。」(9)
公共においては、素っ裸でいる人間はおらず、常に衣服を着用しているため、この言葉が成立すると考えてよいだろう。
では、「個人」と言う環境においても、衣服を身体の媒体と考えてよいだろうか。
やはり、皮膚という内と外との境目が、媒介になると考えてよいだろう。
このとき、皮膚は第二の衣服として存在し、衣服と同様に記号化されるである。
 そして、肌の色や皺などの表面的なものだけではなく、体形や肉付きなどの立体的な外見も含めて「皮膚」が記号化される。つまり、皮膚が衣服と同じであれば、衣服を取り替えるかの如く、存在する環境や対人関係に応じて皮膚の交換が行われなければならないが、皮膚の交換ができないため、それに代わる行為として身体を加工するのである。
それは、先に述べた、「不在のモデル」を目指すだけでなく、アイデンティティやジェンダーなど、社会のおける「記号」に自らの身体を当てはめようとする行為ではないだろうか。そのために、人々は、自己とともに他者や社会を常に観察することで、自分の望む「記号」を見つけ出し、記号に合致するようと試みるのである。

5.おわりに
 身体の加工の目的については、「不在のモデルの追求」と「記号化」という二つの側面があるのではないかと考えた。
 しかしながら、記号化、イコール画一化という部分に対して、下記のように、化粧品や衣服、身体の画一化に対抗する流れがある。
「彼らは、ある種のエロティックな記号(口、目、乳房、染み、瘢痕など)をバロック的に誇張することによって、新たな肌の美学の次元と、身体を通じた社会批判や権力批判の次元とを切り開いた。」(10)
 情報コミュニケーションにおいて、筆記用具がキーボードへとインタフェースのための道具が変化したのと同様に、社会とのコミュニケーションに対するインタフェース部分である身体(皮膚)の捉え方・扱いも時代とともに変化していくのであろうか。
「もちろん、人造美女を考える以前に、そもそも美女という概念自体が非常に人工的な、歴史上で発明された言説体系にすぎない、という問題も横たわっている。」(11)
 このことからも、空間や環境と身体との係わりについて、常に考えていく必要があるだろう。
【3556文字】

■註
(1) 吉岡郁夫著『身体の文化人類学?身体変工と食人』有山閣出版、1989年、5 ページから引用
(2) 吉岡郁夫著『身体の文化人類学?身体変工と食人』有山閣出版、1989年、5 ページから引用
(3) 鷲田清一著『ちぐはぐな身体?ファッションって何?』筑摩書房、2005年、32ページから引用
(4) 鷲田清一著『ちぐはぐな身体?ファッションって何?』筑摩書房、2005年、39ページから引用
(5) 鷲田清一著『最後のモード』人文書院、1993年、77ページから引用
(6) 渡辺健治/増子博調著『女性美のエスプリ』里文出版、1996年、11ページから引用
(7) 渡辺健治/増子博調著『女性美のエスプリ』里文出版、1996年、19ページから引用
(8) 鷲田清一著『ちぐはぐな身体?ファッションって何?』筑摩書房、2005年、42ページから引用
(9) ジョアン・フィンケルシュタイン著『ファッションの文化社会学』成実弘至訳、2007年、86ページから引用
(10) ドミニク・パケ著『知の再発見双書82 美女の歴史』木村恵一訳、創元社、1999年、98ページから引用
(11) 巽孝之・荻野アンナ編『人造美女は可能か?』慶應義塾大学出版会、2006年、128 ページから引用

■ 参考文献
・ 吉岡郁夫著『身体の文化人類学?身体変工と食人』有山閣出版、1989年
・ 鷲田清一著『ちぐはぐな身体?ファッションって何?』筑摩書房、2005年
・ 鷲田清一著『最後のモード』人文書院、1993年
・ 渡辺健治/増子博調著『女性美のエスプリ』里文出版、1996年
・ ジョアン・フィンケルシュタイン著『ファッションの文化社会学』成実弘至訳、2007年、
・ ドミニク・パケ著『知の再発見双書82 美女の歴史』木村恵一訳、創元社、1999年
・ 『デ・ジェンダリズム?回帰する身体』世田谷美術館企画、淡交社、1997年
・ 巽孝之・荻野アンナ編『人造美女は可能か?』慶應義塾大学出版会、2006年
・ 谷川渥著『肉体の迷宮』東京書籍、2009年

June 19, 2009

停滞中

最近は、ちょっと帰宅時間が遅くなったせいか、自宅での課題着手をサボり気味です…
電車の中でもテキストを読む気力無く、あれこれ考えてみるだけですねぇ~(苦笑)
疲れているのか(あるいは、お酒に弱くなった?)、今週は二回も電灯をつけたまま寝入っちゃたし。

制作課題をひとつ提出したいと思ってたけど、この週末でリカバリーできるかなぁ?

June 16, 2009

活躍中らしいけど(笑)

情デのN山先生、
展覧会活動で活躍(暗躍?)!!

事の顛末は、下記でね(笑)

■K都造形芸術大学ブログ~編集長~美大ブログサミットの裏事件簿~
http://www.kyoto-art.info/blog/2009/06/post_915.html

■美大ブログサミット特設ブログ
http://bidai.tv/summit/archives/2009/06/post-7/

ワールド全開中です!?

June 14, 2009

振れ幅を楽しむ?

昨日は、先の記事で書いた荒木経惟氏の写真展を観に、清洲橋近くのタカイシイギャラリーまで。
大判のモノクロ写真が並び、圧巻です!?
女性の裸体&緊縛と花のような静物や街の風景などとの対比が面白い。花や花を生けている花瓶が妙に色っぽく感じてきたりして...(笑)
観に来ている人は圧倒的に女の人が多かったな。
で、このギャラリーのあるビルには複数のギャラリーが入っているんで、それらも観てきました。
シュウゴアーツでは、先日まで横浜美術館で作品展をやってた金子氏や米田知子氏の写真とともに、藤本由起夫先生の作品がありましたね。
小山登美夫ギャラリーでは、「ローリー・シモンズ展」が開催中でした。

現代アートで頭を使った後は、なおぞさん情報を元に六本木ミッドタウン内のデザインハブへ行くことに。なんで、清澄から徒歩で人形町まで移動して日比谷線に乗ることにしました。たまには隅田川を渡るのもいいでしょ、ってことで。

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で、移動途中で人形町でもつ鍋屋さんを発見!!
定休日を調べたら日曜日もやってるみたいなんで、学習会後の飲み会に使えるかも。
ついでにサテキャン寄ってみたら、6/14が情デの学習相談会でした!?残念...

デザインハブでは「日本のグラフィックデザイン2009」展を。
去年からポスターのデザインが気になり出して、特に、葛西さんのような写真を印象的に使っているデザインが気になってます。自分が写真を撮ったりする方だからですけど。
U原先生がデザインは身の回りに常にあるものと言われましたが、不特定多数の目にさらされて、瞬時に伝える要素を持ってこそデザイン、ってのを再認識した感じですね。

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と言う訳で、現代アートとデザインという振れ幅を堪能した後は、六本木のABCで本をチェックして、浜松町まで徒歩で移動して、途中でレバ刺し食べながら一杯やって帰りましたとさ...(笑)

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June 12, 2009

気になるイベント

東京TDCからイベント情報のメールが...
以前セミナーに参加してからイベントやセミナーの開催通知が来るようになりました。
今回は、東京TDC賞2009に関連した展覧会の開催通知と、その会期中に開催されるアートディレクター浅葉さん(去年、六本21_21 DESIGN SITEで展覧会を企画)らのトークイベントの告知でした。
トークイベント、面白そう〜
だけど、平日で、しかも大阪のdddギャラリー。無理ですってば!?(笑)
展示内容自体は銀座のgggギャラリーで観たものと同じだと思うけど。

展覧会といえば、アラーキーの展覧会が清澄白河のタカ・イシイギャラリーで開催されているとか。


■ 荒木経惟個展「69猥景」

69歳の誕生日で、6 x 9判の写真ということで気になります!!
サテキャンに学割貰いに行くついでに行こうかな...

June 10, 2009

続、6月のレポート提出

この前の土曜日に6月分としてレポート課題を郵送したけど、実はもう一課題足掻いてました...
情デ在学中の最後(昨年度ですね...)に、第一課題出したけど、結果がボロボロ(評価は自体はスレスレのC)で、そのあとの第二課題を着手しないままで終わってしまった「メディア論」に再チャレンジしてみようかと。
なんで、日曜日に前に提出した第一課題を読み返して、どう直すかを考えて、月曜日は帰宅してから修正作業(お陰で寝たのが3時半過ぎ...)、そしてこの火曜日は電車のなかでちょっと参考文献読んでから、締めの部分を決めて、先ほどサイバーキャンパスで提出しましたよ!!
今回は全てを書き直した訳ではなくて、全体の文章の流れを良くする為に前後を入れ替えるのと、引用が多かった分を自分の意見に置き換えると言う感じで、作業量はそんなに多くなかったですね〜
ただ、「ありがち」の内容に落ち着いてしまったのは歪めないけどね...(苦笑)
5月初めにテキスト貰ってから、ちょっと力を入れ過ぎたんで、反動が来そうな感じですねえ〜

June 07, 2009

6月のレポート提出

昨日は、「写真概論(第一課題)」レポートに集中したお陰で、19時過ぎには何とか完成しました。
図版の説明が物足りないし、何よりもシラバスで書かれている課題の主旨に沿った図版を選択したのかが微妙だったけど、まだ6月なんで「再提出は怖くない!!」ってことで、その日のうちに郵便局の夜間窓口へ持ち込みました。
で、一緒に「学術基礎1」(新入生の初回提出お約束!?)と「身体デザイン論(第一課題)」も郵送しまいしたよ〜

ところで、プレーンテキストではなく、図版があるんで、サイバーキャンパス提出できないので、必然的に郵送となりましたが、実は、めんどいけど、締め切りに余裕があるときは、郵便局の窓口で局員に手渡すようにしてます。会社の通勤路線にある郵便局(隣の区ですが)は、夜間窓口が朝まで開いているんで、重宝してますね。
直に手渡すことで、課題に一区切りという「終った感」が有っていいんですよね〜

June 06, 2009

「写真概論」テキスト課題着手中

歴史/文化などの学術系のテキスト(レポート)課題は、レポート書きのペース(!?)を取り戻さないと、前に着手した「京都学」や「日本文化論」の二の舞になりそうなんで(再提出多発!!)、とりあえずはデザイン領域とその周辺の課題に着手することに。
なんで、前に着手しなかった「写真概論」をやり始めましたよ〜
で、午前中から引用する図版を物色して、部屋をうろうろしてました。(本棚が三部屋に分散しているんで)
ところで、その絡みで、久しぶりに「写真芸術論」のテキストを読んでたら、ヘルムート・ニュートン
(と身体)に関係する章は、「身体デザイン論」の科目責任者であるN実先生が書かれてました。
すっかり忘れてた...(苦笑)
ここで引用しているニュートンの作品「妻とモデルのいる自画像」は、「見る者/見られる者/その二人を俯瞰する者」という視点だけでなく、その他にもいろんな要素が織り込まれた作品で、単なる「ヌード写真」(あるいはセルフ・ポートレイト写真)では無いんですよねえ〜
エロチシズムやフェティシズムなどの、影の部分(?)を、大胆に、そしてクールに見せつけることで独自の世界観を作り出したような気がします。

June 03, 2009

少年探偵団と武部本一郎

先日、本屋さんで、江戸川乱歩のポプラ社少年探偵団シリーズの文庫版を見つけてチェックしてたら、「灰色の巨人」の表紙を見て、今更ながら気が付きました!?(今更かい...、笑)
このイラストは、武部本一郎氏!?
小林少年や二十面相(または四十面相)のイラストでは気にしなかったのに、女性のイラストを見た瞬間に引っかかりました。
やっぱり女性じゃないと琴線に引っかからないのか!?(苦笑)
と言うことで、ポプラ社の、このシリーズの画集出してくれないかなあ...
(じゃないと、大人買いしそう...)

ちょっとメドが立ってきた

いろいろと苦戦してましたが、何とか「身体デザイン論」の第一課題のレポートが終わりそうな感じです。
文字数は確保したんで(実際には上限ギリギリ)、後はブラッシュアップ作業となりますが、それは週末にやることにして、ちょっと寝かせておくことにします。
今読み返しても客観的に見れそうも無いし、それ以前に、今はアルコールが入っているんで(!?)、冷静というよりも、ちょっとテンション高いから、「もう良いや」と投げ出しそうだしねえ〜(苦笑)

ところで、今回のレポート作成で、参考文献とした本のうちの2/3は自前でした。(残りは図書館とサテキャンの蔵書)
そもそも、身体(身体が纏うファッションや、写真におけるポートレートやヌードなども含めて)というテーマは、前の情デ入学時から気になるテーマだったんで、これを再入学デザイン系の最初のレポート課題としたのは良かったかもしれないなあ。
以前気がつかなかったことや、新たな課題も再認識できた感じもします。

と、ここで気を抜かずにいかないとダメですよねえ...(苦笑)

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