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July 29, 2009

ともあれ一安心...

7/4の記事にも書いたけど、再入学後の最初の提出なのに、"D"を貰って、皆さんから「何で?」と言われて、ちょっと落ち込んでいた「学術基礎1」のレポート課題ですが、サイバーキャンパスで評価が出てました。

無事に合格しました~
お蔭様で、"S"評価です!?
先生に叩かれた分、気が引き締まったのかなあ...(苦笑)
専門スクの「フィールドワーク」についても合格なってたんで、一安心です。
でも、第二課題のあるレポート課題が未着手なんで、単位修得試験の申し込み期間を忘れないようにしないとね...

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■学術課題1 レポート(第1課題)
「書くという行為について」

1.はじめに
 著者は、テキストの冒頭で書くことのたのしさを述べる。そして著者は、テストや宿題などで強制的に書かされてきた人にとっては書くことは苦痛という思いがあるかもしれないが、それは書くこと自体のせいでなく、書くこと自体、つまり、鉛筆やペン、あるいはパソコンのキーボードなどで紙や画面上に文字を組み合わせ、文章を連ねて行くことはたのしいことであると述べる。
 その楽しさを「書くことのたのしさは、身を装うたのしさである」(1)と捉えている。

2.書くということ
 先に挙げたように、著者は書くことは楽しいことであると述べているが、それに加えて書くことを2つのポイントにまとめている。ひとつは、書くということは自己表現であるということであり、もうひとつは、書くことが記録として残るということである。
 ひとつめの自己表現について著者は、自分自身の考えや思いを文字や文章という形で表現することの多様性を述べている。例えば、同じ出来事を書き示すとしても、人によって様々であることは誰しも経験していることであろう。
 また、松岡正剛が「ここで筆跡遊びをしてみたい。筆跡に個性があらわれているとはいえないが、何かは あらわれている」(2)と述べているが、筆跡が他者に対して訴えかけるという点では、類似しているのでは無いかと私は考えている。
 しかし、私は、自己表現と言いながらも、常にありのままの自分を曝け出している訳ではないと思う。例えば、自分が他者にどうみられたいのかを念頭に置いて、言葉遣いを変えることで、文章から感じ取る印象を変えることができるからである。
これは、著者が、文章を書きながら、そこまでの文章を読み返すことで、常に自分を客観視できる点と同じことなのかもしれない。
 もうひとつの記録性について著者は、紙やパソコンに書いた言葉が視覚的に訴求するような形となってのこる点が、話し言葉が記憶に残る点と決定的にちがうと述べている。
 話すという行為も音声を記録媒体に録音することで後世まで残すことができる。しかし、話すときに常に記録装置を準備している訳ではなく、話したことを再生するにはそれなりの時間と手間を要する。
それに対して、書くという行為は、著者が「読んでいてこそ、そのつぎ書くものが効果のある書かれたものになる」(3)と述べているように、その場で同時に記録として残すことができる即応性・即時性と言う側面を持ち、しかも視覚的に訴えるため、他人に与える印象が強くなると考えられる。

3.日常における書くこと
 私の日常と照らし合わせてみると、書くことには大きく二つの目的があるのではないだろうか。
 ひとつは、仕事の備忘録やメモなど、後日自分自身で見返して再確認・再認識を行うことを目的としたもので、書く行為によって、曖昧な記憶を補完するための記録として成立し、加えて、収集した情報を整理するという側面があるだろう。
 もうひとつは、ブログの記事など、自分の考えや想いを他者に伝えようとすることを目 的としたものである。自分自身の記録として書く場合は自分だけが読めれば良いという部 分もあり、悪筆・乱文となりがちであるが、他者への伝えるために書く場合には、少なからず演出をしているように思える。それは著者の述べるように身を装うかの如く振舞っているからなのであろう。

 評論がそれぞれ、専門家の仕事になっていたとき、社会の出来事を生活者の
 立場から詩的感性を発揮して語った晶子の言葉には職業的評論家の書くもの
 にはない鮮度がある。
 なんでも分かったつもりで書くという厳しい批判もあったが(4)

 マニュアルや規定に沿って淡々と事実を客観的に報告する技術文書を書くこともあるが、与謝野晶子のように自分なりに記載内容を噛み砕いて書くという行為が加わったように思える。

3.書きたくないこと
 だが、人には書きたくないことが有ると思うが、それは書くという行為は、先に述べたように、常に記録性を持つため、書いたものが残ってしまうからである。つまり、書くことで、自分の考えや思いが生々しく記録として残されるのである。

 つまり、書くということは、心や頭のなかにあることを言葉が織り成す形に
 仕上げる ことによって、その人がどのような生をどう生きたかを告げている(5)

 時を経てから過去の文章を読み返すと、そんなことを考えていたのかと自分自身に対して驚きを感じることは誰しも少なからず経験したことがあると思うが、書くことによって生じる弊害と言うよりも、過去の自分からの手紙として捉えてみると、書くことの楽しさに繋がるのではと考えている。

4.おわりに
 著者は、文章を書くことの重要性をこのような言葉で述べる。

 一人の人間にとって、その人の資格を問われるようなときに、いつも書く
 ことがついてまわるのはなぜだろう、と考えてみよう。それは、書くとい
 うことが、人間にとって、とてもとても重要なことだからなのだ(6)

 これからの大学生活では、書くという行為の楽しさを前提とし、書くことが持つ役割や重要性を踏まえ、自分の言葉でレポートを綴るという行為を素直に楽しみたい。
【2081文字】

■ 註
(1) 木下長宏著『学術基礎 芸術学を学ぶ学生諸君のためのレポートと小論文の書き方』京都造形芸術大学、1998年、5ページ
(2) 松岡正剛著『講談社現代新書 知の編集術 発想・思考を生み出す技法』 講談社、2000年、2000年、189ページ
(3) 木下 前掲書、10ページ
(4) 羽生清著『装うこと生きること 女たちの日本近代』 勁草書房社、2004年、114ページ
(5) 木下 前掲書、11ページ
(6) 木下 前掲書、4ページ


■ 参考文献
・ 木下長宏著『学術基礎 芸術学を学ぶ学生諸君のためのレポートと小論文の書き方』京都造形芸術大学、1998年
・ 小倉久美子著『学術基礎補助教材 レポート執筆の基本・マナーのルール』京都造形芸術大学、2009年
・ 松岡正剛著『講談社現代新書 知の編集術 発想・思考を生み出す技法』講談社、2000年
・ 羽生清著『装うこと生きること 女たちの日本近代』勁草書房社、2004年


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