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July 02, 2009

写真概論』レポート(第1課題)内容

まだ添削結果が返ってきてないですが、例の如く(?)、反面教師として提出したレポート内容を掲載していこうと思います。
まずは、最初は、初めて(二度とないかも!?)のS評価となった「写真概論」の第一課題です。
現代における絵画主義の可能性について論じるというような課題ですが、セレクトした写真・作家はどちらかというと現代アートに偏っているような気が..
まあ、個人の趣味の現れということですかねえ。(笑)

手前味噌で、自分の卒制作品を参考作品として使っちゃいましたよ~(苦笑)

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『写真概論』レポート(第1課題)
「現代写真における絵画主義の可能性」

1.はじめに
 「ごく初期から、写真家たちの中には写真を単なる記録手段ではなく、美的、あるいは芸術的な表現として認めさせたいという欲求がありました。」(1)
 写真が、カメラという装置を媒体とする単なる記録メディアであるとすれば、報道写真のように、過去の事象を記録・再現するだけが目的となってしまうであろう。
それに対する流れが、絵画主義(ピクトリアリズム)の始まりであった。
 写真が、言葉通りに写実的なものであるとすれば、絵画主義は、写真の「そのものを忠実に記録する」という側面を、人の手を介することで違ったものへと転化させようという試みだったと言えよう。
 絵画には、作者による解釈を折り込むことができる。ディフォルメや省略などがそれに当たるが、それらの「演出」によって、対象を際立たせて、鑑賞者の視線を対象へと誘うことができるのである。
 テキストに記載されている絵画主義の流れの衰退を鑑みると、第一次世界大戦前夜という歴史上の大きな節目の存在を大きく感じてしまう。この時期は、アートやデザイン、建築などにおいても大きな変革が見られた時期であった。

2.絵画主義の可能性
 では、現代における絵画主義の可能性とは何だろうか。
 例えば建築であれば、モダンのあとのポストモダンのように、それまで主流としていたものから、大きくリバンドするかのように、それまでとは反対方向へ向かう時があった。
実際、笠原美智子によると「画家になれない二流の画家がアーティストと認められたくて無批判に絵画の手法をならい写真を写真でないものに転化させる、絵画にとっても写真にとっても裏切り者の手口だと、ストライドは絵画主義を切って捨てる。」(2)とあるように、写真家ポール・ストライドと彼を支持してきた写真家・批評家によってアメリカン・モダニズム写真が確立し、絵画主義が衰退していく。
 しかし、表現方法が多様化する現代であるからこそ、絵画主義も写真表現の一つとして見直されても良いのではないだろうか。
絵画主義の復権には、二つの側面があるのでは無いだろうか。
 一つはテクノロジの変革であり、もう一つは撮影者の意識変革である。
 ひとつめのテクノロジの変革については、下記のような論述がある。
「一般へのインスタント・カメラやプリクラの浸透、近年のデジタル・カメラ、写真機能付きの携帯電話や高品質のカラーコピーの普及は、高度な技術を今後もますます広く、安価に提供していくだろう。(中略)絵筆や鉛筆よりもカメラやコピーのほうが身近な表現方法なのかもしれない。」(3)
つまり、操作が簡単なコンパクトカメラの普及は、入学や結婚などの行事・祭事、あるいは旅行などの記録としての写真を取る行為を一般化したが、近年のデジタル化、特にデジタル一眼レフカメラの普及は、テーマやモチーフを追い求める個人の趣味や興味に基づく写真の撮影を促すこととなった。
 中高年層が、趣味として筆を取り絵画を描き始めるよりも、カメラで撮影をするほうが簡単に早く結果が得られるであろう。だが、その撮影という行為が身近なものになったとは言え、それがすぐに現代における絵画主義の可能性に結びつく訳ではなく、もう一段次のステップが必要だろう。
 もうひとつは、撮影者の意識変革は、先に述べた「個人のための写真」という考えの延長上にあるものである。
現代アートと言われる作品には写真を使ったものは少なくない。
「加えて、80年代以降、美術と写真のジャンル間の境界が曖昧なものと化していったが、それは写真のもつ多様な叙述機能を美術が援用したことに拠っている。」(4)
 また、商業主義的な撮影という側面と、個人的な撮影という側面とを考えると、テクノロジの進歩により、カメラが個人の身近な存在となってきたことも重要な要素だろう。
「学部や大学院での専門教育を受けた人が増えるにつれて写真への関心が高まり、裾野が広まって多くの人々が美術館で「作品」として写真を見ることに親しんでいる。(中略)こうした環境の変化は、写真のあり方に大きな変化をもたらした。写真の分化、すな
わちアーティスト(写真家)の表現としての「現代写真」(シリアス・フォトグラフィという言葉が使われている)と、第三者のなんらかの意図のもとで制作された「コマーシャル写真」の分化が促進されたのである」(5)
個人の趣味としての写真撮影から、写真の専門知識を習得して撮影技術を高めるだけではなく、そこに写るもの、あるいは写し出そうとするものをどのように表現したいのか、という発想や思考、感性も求められるようになっているのである。

3.現代写真から
 それでは実際の作品を見ながら、現代写真における絵画主義の可能性を考えてみたい。
 最初に挙げるのは、蜷川美花の作品である。花は、彼女が写真作家として長い間モチーフとしているものであるが、旧来の絵画主義の手法(ゴム、オイル、ソフト・フォーカス・レンズなど)はまったく使われておらず、どちらかというとストレート・フォトグラフィー的な作品である。
 この作品に限らず、彼女の作品から強く発せられる「色彩」の印象は、人為的に着色したのではないかというほど、見るものを惹きつけ、まるで絵画を見ているようである。
このような、実物とは必ずしも同じ色調を再現していないかもしれないが、作者が感じたままに色彩を表現するというのも、一つの可能性ではないだろうか。

■ 蜷川美花、「Earthly Flowers, Heavenly Colors」、2008 
  ※レポートには図版あり

 次に挙げるのは、志賀理江子である。
 手法としては、絵画主義的ではあるが、写真を絵のように見せたいのではなく、写真という媒体に時間を封じ込めているにも関わらず、その写真に対して後処理を加えることで、違う時間を折り重ねようとしているかのようであり、彼女が感じ取った場や人の痕跡が、一枚の写真に再構築されているのである。
彼女は「その時間の証拠品」という言葉で自分の作品を述べているが、ストレート・フォトグラフィーのような写真表現だけが時間を切り取る方法ではないということであろうか。

■ 志賀理江子、ベスニー、2005
  ※レポートには図版あり

 東京のオペラシティで開催された『トレース・エレメンツ―日豪の写真メディアにおける精神と記憶』展で展示されたジェーン・バートンの作品は、「シュルレアリストの写真、心理学、神話、寓話、エロティシズム、そして象徴主義を下敷きにした写真の歴史によって特徴づけられたモノクロの写真シリーズ」(6) と紹介されている。
 デジタルによる二重露光と暗室作業という過程を経て生み出された作品は幻想的であり、また、同時に闇からの誘いという不気味さも感じてしまう。絵画主義と同様に撮影後の後処理によるものであるが、生み出す世界観が異なれば、その写真の中で表現されるものは多彩なものとなるだろう。

■ ジェーン・バートン、ワームウッド(ニガヨモギ)#1、2006~2007
  ※レポートには図版あり

 やなぎみわは、デジタル表現を写真に織り込むことで、明確に見えるテーマの奥に、もうひとつのテーマを隠そうとしているかのようである。コンセプシャルなアートの側面を写真という媒体で表現している、現代のピクトレアリストの代表格ではないだろうか。
 エレベータガールシリーズでは、デパートというハレの場を、同じ衣装・化粧をした女性たちが充満する空間として表現している。
また、マイグランドマザーシリーズでは、他人の将来を想定した姿でありながらも、見るものが自分の将来(のひとつの選択肢)として捉え、他人のプライベートな部分やプライバシーを他者が共有するという側面もあった。
写真を使用したインスタレーションなども含めて、個人の思いや考えを伝えるための手段として現代アートとの融合はこれからも多く見られることであろう。

■ やなぎみわ、The White Casket、1994
■ やなぎみわ、My grandmothers/MIE 、2000
  ※レポートには図版あり

4.おわりに
 1920~30年代に生まれたコラージュやモンタージュ、ソラリゼーションなどを含めて、多くの写真表現が見られるが、いずれにしても写真という媒体を介して何を見せたいか、伝えたいかという撮影者の意思が重要であると考える。
 ここで、最後に自分の写真を挙げておく。

Ter


シャッター速度を遅くすることで揺らぐ画像が、記憶の痕跡、あるいは曖昧さと合致するのではないかという考えで撮り始めたもので、デジタルのカメラで撮影したものであるが、レタッチ等の後処理はまったく行っておらず、撮影直後にモニタでチェックしながらモード設定や構図を変えて、何度かリトライしながら撮ったものである。
3年くらい前から始めた撮り方ではあるが、撮影枚数が気にならないことも含めて、デジタル化によって自分自身の写真の絵画主義化が促進したかのようにも思える。
【3576文字】


■ 註
(1) 飯沢耕太郎著『講談社現代新書1287 写真美術館へようこそ』講談社、1996年、44ページから引用
(2) 笠原美智子著『写真、時代に抗するもの』青弓社、2002年、172 ページから引用
(3) 京都造形芸術大学編『現代写真のリアリティ』角川書店、2003年、26ページから引用
(4) 京都造形芸術大学編『現代写真のリアリティ』角川書店、2003年、72ページから引用
(5) 笠原美智子著『写真、時代に抗するもの』青弓社、2002年、88ページから引用
(6) 『トレース・エレメンツ―日豪の写真メディアにおける精神と記憶』カタログ、東京オペラシティアートギャラリー、2008年、65ページから引用

■ 参考文献
・ 飯沢耕太郎著『講談社現代新書1287 写真美術館へようこそ』講談社、1996年
・ 笠原美智子著『写真、時代に抗するもの』青弓社、2002年
・ 京都造形芸術大学編『現代写真のリアリティ』角川書店
・ 『「トレース・エレメンツ―日豪の写真メディアにおける精神と記憶」カタログ』、東京オペラシティアートギャラリー、2008年
・ 小林美香『写真を< 読む> 視点』青弓社、2005年
・ 『美術手帖』、美術出版社、2008年11月
・ 『やなぎみわ展公式カタログ』、東京都写真美術館/国立国際美術館、2009年
・ ジル・モラ著『写真のキーワード』昭和堂、2001年

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添削評価内容については又の機会に。

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