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November 2009

November 30, 2009

スク最終日(11/29)終了

専門スク「ディスプレイ基礎」の最終日が終了しました。
模型の方は、プラスαの要素を取り入れられないかと試作してたけど、イマイチなので却下。
後で再考する事にして図面(三面図)の作成に移行したんだけど、寸法が図りづらい模型だったんで、嵌りモードに...
そしたら、全部の寸法を入れないラフなもので良かったとのこと。かなりの時間を浪費してしまいました...
ということで、模型の最終チェックや、制作コンセプトを十分に考える余裕すらなく合評へ突入することに。
この第二課題では、持参したものに関する立体表現をするという内容でしたが、一つ条件がありました。
それは、他の受講者が、私が持参した「モノ」に対して、機能や特性から導き出した「タイトル」を考えてくれていて、その「タイトル」に沿った表現をしないといけないと言うものです。他者が客観視した内容=クライアントの意向として、デザインするということでした。
で、私の作品については、先生からは二つのブロックに分かれてしまった事による関係性(訴求力)の弱さと、360度見られることへの配慮の無さ(表面性が見えていること)が指摘されました。平面表現の領域から抜けきれてないな。

ところで、次の土曜日は単位修得試験。
でも、全然準備してない...(苦笑)

November 28, 2009

スク二日目終了&「身体デザイン論」第二課題の添削結果

専門スク「ディスプレイ基礎」も二日目が終了しました。
一日目に頭のトレーニングとして第一課題の制作と合評を行ったのに続いて、二日目は第二課題のスタート。
途中で思考が嵌りモードになり、時間が浪費するのみ...
なんとかリカバリしてますが、その分、無難(あるいはイマイチ!?)な作品になりそうな気配が。
さて、最終日はどうなることやら!?

ところで、「身体デザイン論」の第二課題の添削結果が返ってきましたよ。
ちなみに各項目の評価はこんな感じ。

■ テキスト理解度:S
■ 自己体験・視点:S
■ 文献調査   :A
■ 文章構成   :A

田舎者の恥ずかしい記憶を引用したのが良かったのかなあ〜(笑)
様々な文献を引用して考察しているというコメントでしたが、「文献調査」の評価が...

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1. はじめに
 秋田の片田舎で生まれ育った私には、高専時代はファッションというものには無縁であった。高専在学中の1980年代の前半と言えば、日本の都市部ではストリートファッションとしてDCブランドやカラス族が流行していた時代であるが、周囲の同級生もファッションには無頓着で、私はというと手持ちの少ないお金を映画館に行くために使っている状態であった。
 そのような私であっても、テレビなどのマスメディアや百貨店などの店舗のウィンドウディスプレイを通じて、幾つかのファッションブランドを知っていた。つまり、その当時でファッションと言えば、そのようなブランドを通じて認知という部分が大きかったように思える。
 日本だけでなく全世界に通用するブランドを生み出し、単に衣服や装飾品を作るだけではなく、いかに売るのかという部分へのシステム化や、同じデザインの衣服を複数のサイズで大量生産するという産業化を行ったことが20世紀ファッションの特徴ではないだろうか。そして、そのファッションシステムは、製造、流通、メディア、教育などの複合体で成り立ち、衣服をハンドメイドからレディメイドへと置き換える原動力にもなったと言えるのではないだろうか。

2. ファッションシステム
 そもそも、ファッションとは何であろうか。
 テキストでは「身体を分節化する文化的実践」(1)と述べており、また、別の文献では以下のように述べている。

 ファッションとは新鮮な”いま”という一瞬であると同時にじわじわと浸透して行く継続する厚みを持ち、他者との差異化の手段であると同時にそれを模倣する集団がなくては成り立たないという、多様性と矛盾を孕んだ自己同一性(自分らしさ)獲得の願望だということになる。(2)

 メディアなどを介して得た情報から、ある時にはそれと同じ服装をしたいと思いつつ、その一方でみんなと同じではつまらないというも思う。そのような他人との協調による安心感と、差別化による優越感という二つの気持ちが存在することでファッションが成り立っているのである。
 そしてテキストでは、ファッションという産業は「未来の身体をつくりだそうとするシステム」(3)であると述べる。
 そのシステムは、流行を生み出すことで「未来の身体」=新しいファッションを世に広めようとしている。現在から未来へと進んで行くなかで、流行を絶えず生み出しつづけることと、流行を一過性とせずに継続させることではどちらが困難なのかと考えさせられる部分もあるが、20世紀はファッションがシステムとして成立したことにより、前者のように次の流行を切れ目無く発生させることでシステム自体が継続することを選んだと言える。
 その結果、ファッションデザイナーは形を生み出し、ファッション雑誌はイメージを印象づけようとしたのである。

 したがって、ファッションは実際にそれを着る消費者と流行を仕掛ける作り手や売り手との相互作用から生まれてくるわけである。(4)

 作り手側には流行を生み出すファッションデザイナーという存在がいる。そして、売り手側には直接の売り手では無いが、流行を仕掛けるメディアという存在がいる。ファッションシステムを構成する要素は数多く存在するが、ファッションデザイナーとファッション雑誌のようなメディアはシステムを牽引する両輪と言えるのではないだろうか。
そのような観点で言うと、20世紀ファッションにおけるファッション雑誌「ハーパース・バザー」や「ヴォーグ」の果たした役割は大きかった。
 そのファッションを身に付けたら自分がどのように変化するのかというイメージを読者へ視覚的に与えるために、ファッション写真という一つのジャンルを生み出したのも、これらの雑誌の成果であろう。

3. ファッションと都市
 ファッションデザイナーという存在の先駆者として、成実弘至はチャールズ・ワースとリーヴァイ・ストラウスを挙げている。
 19世紀に登場した彼らは、一方はオートクチュールへの繋がるファッションハウスを築き、他方はやがてリーヴァイス・ジーンズとして知られるようになるワークパンツの生産を行うという、ファッションにおいては対極の存在であった。

 ハイファッション(高級服)とマスファッション(大衆服)というふたつの世界はかつて遠く離れていたが、いまや限りなく接近し、ほとんど一体となっている。二〇世紀ファッションの流れを見ると、異質な人々や文化が出会い、混合し、統一されていく様子がわかる、(5)

 当初は、ファッション自体も、それぞれの都市の特色を残していた。
 例えば、パリであれば、類似性を嫌った独創性を重んじるオートクチュールの流れを保ち、東京であれば、他人と異なることを好まず、周囲に気を配るという気質から集団的ブランド志向を反映していた。しかし、20世紀は、二つの世界大戦やベトナム戦争などの戦争を経験したことで、皮肉なことに通信や輸送などの技術革新が進み、また、戦争と言う行為への反発として芸術を始めとして様々な文化が生まれたと言えよう。

 20世紀は、多くの国で大衆消費社会が実現し、ファッションが世界を巻き込んで、社会的な現象というべき極めて重要な動きを見せた。そのとき、それまでの枠組みに押さえつけられない新しいアートを模索していたパリ以外のそれぞれに個性的な都市でも、衣服デザインがその中に組み込まれ、それぞれの都市の文化的な特徴を背景として、新しい衣服が生み出されたという事実。(6)

 そのような技術や文化を素地として、国や特定の地域だけに限定された衣装が、世界的な流行によって一色に塗りつぶされていった。
 パリ、ミラノ、ニューヨーク、そして東京などの大都市が存在し、その都市で生まれたファッションが、メディアと融合することで流行を生み出ていった。それらの都市は言わば世界のファッション基地なのである。それらの都市の緩やかな連携によって、それぞれの都市が先鋭的な特徴を持ちながらも、どこかに画一性を併せ持つという一面であった。それがファッションを万人が共有できた理由ではないだろうか。

 1920年代の簡素なモードは模倣しやすかったとも言え、パリ・オートクチュールの作品は世界中でコピーされ、言い換えれば、流行を生み出すようになった。(7)

 ベンヤミンは、複製技術によるアウラの喪失を著書で述べているが、ファッションの場合には複製という行為によって、オーダーメイドの、言わば個人の手作業による芸術品・工芸品が一般大衆の元へと降り立ったと言える。

4. おわりに
 ファションデザイナーの山本耀司のブランドが会社更生法を適用されたニュースを読んで驚きを憶えた。
 山本耀司と川久保玲は、外国人デザイナーが初めて参加出来るようになった1981年のパリコレクションへ登場し、「それまでの流行の中心だったブルジョワ向きのシャネル、サン・ローラン、ディオールなどを、最先端で荘厳、かつ圧倒的なモノクロームのパワーで打ち負かした」(8)と言う。
 それは、西洋の模倣という形で洋装化が進み、第二次世界大戦の敗戦によって更に西洋との画一化が進む中で、ファッションに対する独自の視点でのアプローチであった。彼らのデザインした服を着ることはなかったが、憧れのような気持ちを抱いた時期もあった。
19世紀から始まった「産業改革」という産業化という流れは、機械というハードウェアを得ることで世界を変革させたが、20世紀はファッションなどの文化が世界を席巻したといえよう。
 ファッションは衣服などの形状を有するが、それは人間の思想や嗜好などを具現化したものであり、ある意味ソフトウェアと考えることができるだろう。従って、20世紀において、ファッションが産業として成立し、メディアを介して世界中への伝搬していったことは、メディアの進化によって情報社会へと変貌を遂げる中で当然の成り行きであったと言えそうである。
 そして、21世紀は、そのメディアの進化により、従来はマスメディアのみが発信していた情報を、個人が発信出来る状況になったことによって、ファッションシステムの在り方も変化し続けるのである。
(3326文字)

(1)「モードと身体—ファッション文化の歴史と現在」成実弘至著、京都造形芸術大学、2003年、228ページ
(2)「東京・パリ・ニューヨーク ファッション都市論」南谷えり子・井伊あかり著、平凡社、2004年、25ページ
(3)前出「モードと身体〜ファッション文化の歴史と現在」、228ページ
(4)前出「モードと身体〜ファッション文化の歴史と現在」、213ページ
(5)「20世紀ファッションの文化史ー時代をつくった10人」成実弘至著、河出書房新社、2007年、12ページ
(6)「ファッションの世紀 共振する20世紀のファッションとアート」深井晃子著、平凡社、2005年、4ページ
(7)「世界服装史」深井晃子監修、芸術出版社、1998年、151ページ
(8)「ヴァジョナリーズ ファッション・デザイナーたちの哲学」スザンナ・フランケル著、ブルース・インターアクションズ、2005年、170ページ

■参考文献
・「モードと身体〜ファッション文化の歴史と現在」成実弘至著、京都造形芸術大学、2003年
・「東京・パリ・ニューヨーク ファッション都市論」南谷えり子・井伊あかり著、平凡社、2004年
・「ストリートファッション 若者スタイルの50年史」アクロス編集室編、パルコ出版、1995年
・「20世紀ファッションの文化史〜時代をつくった10人」成実弘至著、河出書房新社、2007年
・「ファッションの世紀 共振する20世紀のファッションとアート」深井晃子著、平凡社、2005年
・「世界服装史」深井晃子監修、芸術出版社、1998年
・「ヴァジョナリーズ ファッション・デザイナーたちの哲学」スザンナ・フランケル著、ブルース・インターアクションズ、2005年
・「ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読」多木浩二著、岩波書店、2000年

November 27, 2009

11/27から専門スク開始

金曜日にサイバーキャンパスをチェックしたら、「身体デザイン論」の第二課題が合格してました。
12/5に単位修得試験なんで、その前に無事に合格して、ホッとしてます!!
と言っても、試験対策は皆無だけどね...(苦笑)
で、この金曜日からは三日間の専門スク。
夕方には仕事絡みでちょっと嫌な雰囲気が漂ってたけど、何とか金曜日は休暇も取れ、無事にスクを受けられそうな感じです。
実は、ちょっと体調がイマイチで不安要素アリ。なんで、満員の東海道線で体調悪化しないことを祈ってますが...

November 23, 2009

三連休終了したけど

平素の仕事からの息抜きと学校のテキスト課題促進をこの三連休に割り当てようと思ってたけど、あっと言う間に時間が過ぎてしまいましたね〜
早寝遅起きと言うゆるゆるな生活を送ったせいですかね...(苦笑)

ともあれ連休最終日は、この三日間で少しづつ着手していた専門課題の「デザイン基礎2(空間演出デザイン)空間採集」の第二課題を何とか終わらせる事ができました。制作途中で情報が不足していることが判明したので、急遽現地に測量(!?)しに行ったけどね。現地が近くて良かった!!
いろいろと不足しているのはヒシヒシと感じているので、合格できるのか心配ですね...
しかも、このユルユル具合のせいで「球」や「迷宮」には辿り着けませんでした...
2月までに何とかなるかなあ〜

November 22, 2009

三連休の途中経過

三連休の中日ですが、
初日は、久しぶりに床屋に行ってみたり、専門テキスト課題の「空間採取」に着手してみたり、と言う感じで、課題への取り組みはイマイチ。
平日の疲れ&寝不足が響いていた感じですねえ....

で、二日目は、初日の夜に24時頃に寝入ったせいで(平日が2時近いんで休日位は早く寝ようと...)、早く眼が覚めてしまい、6時位から小一時間程テキスト課題の下調べをしてしまいました!?(苦笑)
そして二日目は、情デのNくんのスクに協力するためにサテキャンまで。待ち合わせの時間の前にMOT(東京都現代美術館)で開催中の「ラグジュアリー:ファッションの欲望 」展を駆け足で観てきました。京都からの巡回展ですが、ポスターなどの宣材が全く変わってて、違う展覧会のような感じでした。加えて、東京では独自企画として「妹島和世による空間デザイン / コム・デ・ギャルソン」が開催されてたんで、興味深かったですね〜

その後はサテキャンに向かって、Nくんの作品として情デのスクに参加(聴講)しました。
こう言うスクって、情デだけだよなあ、と思いながら皆さんの作品を観させて頂きましたが、いろんな刺激を与えてもらいました!!
一つの物事について多様な解釈が出来るからこそ、デザインの力で共通項を提案していかなければならないんですかねえ〜

November 21, 2009

スク結果、など...

この金曜日にサイバーキャンパスをチェックしてたら、専門スクの「ドラフティング基礎2」が合格となってました。まあ、課題の評価は抜きとして、三日間ちゃんと出席してたんで不合格はないだろうということで、既に取得単位としてカウントしていましたが...(笑)
単位の取得において、単位修得試験とスクは定められた日程があるんで、その日程をターゲットに淡々とやりきるしかないけど、やっかいなのはテキスト課題...
自分でペースを決められるという自由度はあるけど、仕事や日常での所用などの状況によって計画の変更が入りやすいのが、このテキスト課題の部分。自分に対する甘さがあれば、素直に履修計画に反映されてしまいますからねえ。
まあ、何とか頑張ります...(苦笑)

November 18, 2009

卒制中間プレゼンの聴講へ(その2)

前回の記事で「その1」としたんで、「その2」を書かなきゃいけないよなあ~、と思いつつも、なかなか書き進めない...
以前のようにスク中での詳細な会話や写真は掲載できないので、軽めに書くことにしました!?

今回の情デの卒制中間プレゼンを聴講させて頂いて、卒制着手生の平均レベルは去年より良いんじゃないかな、と言うのが素直な感想でした。皆さん、テーマやコンセプトを踏まえ
て形態を考えてますね~
でも、意外と想定内の範囲で収まっているように思えます。
また、作品の中に「フック」はあっても、それが作用しておらず、他との違和感があったりする場合も。
自分の事を棚に挙げてしまいますが...(苦笑)

ところで、通信デザイン科(建築/ランド/情報/空間)合同の入学案内サイトができたようです。

http://kirara.cyber.kyoto-art.ac.jp/to-design/

November 16, 2009

卒制中間プレゼンの聴講へ(その1)

金曜日に会社から帰宅してから、この日曜日の深夜までは結構バタバタしてました。

と言うのは、この日曜日に京都の本学で情デ卒制中間プレゼンを聴講するんで、卒制メンバに渡す激励メッセージを2008年度の卒業メンバから送って頂いて、それを紙媒体へ出力するための金曜日の深夜に編集作業をしてたんだけど、いざプリンタ出力を開始したら恒例(!?)のインク切れが発生。
その後は、土曜日の午前にインクの買い出し出かけて作業再開したら、会社の上司からの携帯メールがあり、何回かのやり取りで急遽会社へ"出頭"することになり、会社での作業が完了したら、そのまま新横浜へ向かって京都への前泊移動ということで新幹線に飛び乗って、という状況でした。
新幹線に載ったのが19時過ぎで、当初の計画ではちょっと観光などしてノンビリというものが、単に寝るだけのために前泊移動はどうなの、というのもあったけど、当日移動よりも少しでも眠れる時間が欲しいという事で移動しましたよ。
今回の宿は大阪(谷町四丁目)だったけど、以前からこの周辺に泊まると食べに行く魚中心の居酒屋さんの開いている時間に間に合ったんで、美味しい刺身を頂きましたよ。
この日は、呼び出された仕事絡みで凹みモードになったけど、食事&お酒でちょっと回復した次第です。

と言う事で、肝心の卒制中間プレゼンのことは次の記事で...

November 13, 2009

再びの「アンフラマンス」

今週は、月曜日の夜にレポート課題提出のために遅寝になったのを皮切りに連日3時くらいに就寝してます。
仕事がバタバタして帰宅が遅いのもあるけど、帰宅後に雑事をしてたらそんな感じになっちゃいました...(苦笑)
平素も2時くらいなんで、時間的にはそんなに差が無いけど、やっぱり身体に響きますねえ。

ところで、印刷博物館 P&Pギャラリーで開催されている「世界のブックデザイン20008-09」も気になるけど、展覧会のタイトル的には、こっちが気になる!!

■ 「静寂と色彩:月光のアンフラマンス」川村記念美術館

会期は来年の1月まで。
ちょっと佐倉は遠いけど、時間が取れればいきたいなあ~

で、この「アンフラマンス」と言う言葉は、情デ卒制で一年間掲げてきたキーワード。
このキーワードをどのように写真という媒体に落とし込むかを何ヶ月も悩んでました。
中間プレゼンのときは、このキーワードを直に投げつけ、定義の曖昧な言葉を、曖昧な写真表現で捉えてしまい、いろいろと指摘されたものです。(苦笑)
まあ、それがあったから次のステップに進めた訳だけどね...

November 10, 2009

「身体デザイン論」(第二課題)提出

中身が十分に練れていないけど、昨日帰宅してから体裁整えて「身体デザイン論」の第二課題レポートをサイバーキャンパスから提出しました。
12月の単位修得試験を申し込み済みなんで、再提出になってもいいから提出したと言う感じですね...
今回のレポートは、何かテーマが絞れずに発散気味な内容。もう少し時間があったら全面的に流れを見直したかったです。
スク期間中に下書きに目を通そうと思ったけど、スクの時間以外はユルユルモードになってたし。(苦笑)
これからは2月の単位修得試験目標でもう一つレポートやっておくという手もあるけど、何よりも専門のテキスト課題をやんない。そうしないと来年度のスク取得が苦しくなるからね~

November 09, 2009

ドラ基礎2スクの最終日(11/8)終了

ドラフティング基礎2のスクーリングが終了しました!!

やっぱり疲れた...
一応時間配分考えて、朝からちょっと図面作業したら模型制作着手で、合評用のプレゼン資料作成は一時間以上の時間を取るつもりが、資料にはあまり手が廻らずに、ラフな絵を数行のコンセプトのみというアッサリとした内容で終わってしまいました。
全体的に作業が遅れていたので(前のドラ基礎1もそうだったけど)、合評開始時間が一時間延びたのに。模型の階段部分の作業に手間取ったのが敗因ですねえ...
先生からはスロープで表現しても良いと言われてたのに、敢えて階段を手がけて嵌りましたねえ。

今回のものは、独身男性のクリエイターが週末過ごす山中の別邸というコンセプト。
山中と言っても、京都の大山崎の斜面にあって平野部を見渡せる場所にあるというイメージ。
と、ココまでは表のコンセプトで、裏コンセプトとしては、大山崎繋がりで、アサヒビール大山崎美術館を設計した安藤忠雄の「光の教会」のオマージュ。
光の教会は壁に十字架型の切り込みがあり、そこから光が差し込むというものだけど、コチラの作品は一階/二階が吹き抜けになった部分のガラスを十字の窓枠で区切ると言う逆パターン。
でも、元ネタを知ってる人が少なくて、K井先生以外には、それほど受けませんでしたね...(苦笑)

Img_0971


プレゼン資料以外は何とか形になったかな?
もっと精度上げられたけど、力不足の私には三日間ではコレが精一杯ですねえ〜
ちなみに左側にあるのはK合先生と情デのN山先生に好評だったエスキス中のモデルですが、屋根で覆わずに二つの立体を対にするというのもアリだったかなあ...

Img_0980

November 07, 2009

ドラ基礎2スクの二日目終了

この土曜日は、ドラフティン基礎2の二日目が終了しました!?

やっぱり体力勝負のスクーリングなのか!?(苦笑)
製図に加えてモデル制作と、やればいけない作業がたくさんあるんで、なかなか大変ですねぇ…

なんで、ちょっとラフに作業を進めて、まんべんなく手がついている状況に持ち込もうとしてます。(苦笑)
拘れば際限無いんですよねぇ…

スクーリング初日(11/6)終了

専門スクのドラフティング基礎2が昨日から始まりました。

参加者9名と基礎1の参加数からは半減してますが、その分ゆったりとやってます。
事前にラフスケッチは用意してなかったけど、何となくこんな感じと考えてたんで、構想はいつものより早めに決まったけど、二階建てにすると宣言したせいで、またもや数値に苦戦中ですねぇ…(苦笑)

で、同じくサテキャンで情デのスクがあって、学習会メンバのTさんやN山先生と休み時間&授業終了後に雑談を。
建築出身の先生に図面チェックされそうになり、慌ててみたりして。
空デの方々より多く話しをしてた気がする…(苦笑)

課題の方は、今日はどのくらい進むかなぁ…

November 06, 2009

この週末もスク

この金曜日11/6からサテキャンで空デの専門スクになります。
前回、前々回とも事前課題アリだったんで、スク前日の夜はバタバタしてたけど、今回は「事前準備」で、前のスクで用意したものが活用出来そうなんで、とりあえずは一安心という感じですね〜
と言っても、構想〜製図〜模型制作〜プレゼン資料作成と、三日間苦労しそうです...
苦労と言えば、「身体デザイン論」第二課題のレポートも遅々として進まないですねえ!?

ところで、こんな展覧会が気になってます。
浦和はちょっと遠いなあ〜

November 04, 2009

「写真概論」(第二課題)の内容

写真概論 レポート(第2課題)の添削結果も戻ってきたので、レポート本文を掲載します。
自分としては消化不良の部分があるけど、結果オーライですかね!?
写真のデジタル化の観点を論じるなかで、メディア論のレポートで整理しようとした部分(ベンヤミンのところなど)があったんで、それを絡めたのが功を奏したのかなあ...

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「現代における写真との係わり」

1.はじめに
 写真が身近なものとなった要因として、自ら写真を撮影するようになったことが考えられる。現代では写真に対する専門的な知識が無くても、ある程度のレベルの写真が撮れるようになった。勿論、専門教育を受けた者との間で格差は存在するが、その格差をカメラが埋めているのである。テクノロジの進化によって、写真を扱う人々の裾野を広げることになったと言えよう。
カメラ自体が小型化し持ち運びしやすくなったこと、撮像素材も銀塩フィルムとなって取り扱いが簡単となったこと、現像しやすく加えて劣化が少なく長期保存が可能となったこと、焼き増しによって複製が作れることから、記録媒体としても一般社会に広く普及するようになった。加えて、低価格でも簡単に写真が撮れるコンパクトカメラの出現や、撮り終えたフィルムの現像をカメラ店以外の商店が取り扱うようになったことで、一般の人々が日常の生活の中での記録のためにカメラを使用する機会が増えたと言える。
自分にとっては、小学生時代に使っていたトイカメラ(SAKURA PAK100)から、中学になって一眼レフカメラ(OM-2)へ切り替えたときに、レンズやシャッタースピードによる表現の違いを大きく感じたが、それよりも、身体の小さい自分とOM-2のカメラサイズとが合致したことでカメラを使うという行為が苦にならなかったことが印象深い想い出となっている。

2.写真のデジタル化
 写真が身近なものとなった他の要因として、雑誌や新聞等のマスメディアを介して目に入る機会が多くなったことも挙げられる。また、個人を特定・証明するために、免許や履歴書に証明写真を貼り付けるという行為も日常的に行われている。
 現在では、デジタル化によってフィルムを現像するという行為が不要となり電子機器の進歩による高機能化の促進とネットワークの拡張により、高解像度の映像(動画)であってもストレスなく、ネットワークで配信でき、そのデータを大容量の記憶媒体に収めて持ち運びできるようになった。更には、カメラ付き携帯電話が実現したことにより、携帯電話を持つ人=カメラを持っている人と言っても過言ではないだろう。

 写真家はカメラを携えてさまざまな場所に赴き、独自の視点から
 一瞬のスナップショットで動きを捉えることができるようになった。(1)

 カメラが身近になることで、写真そのものも身近な存在となっていったが、このようなデジタル化の進んだ現代では、写真の価値を何処に見出せば良いのであろうか。

3.デジタル化の問題点
 デジタル化の進んだ現代における写真の問題点の一つは、オリジナルの価値をどう捉えるかであろう。銀塩フィルムを扱っている場合ではフィルムから印画紙へとプリントしたタイミングでオリジナルプリントという価値を生み出していたが、媒体を置き替えても内容が変化しないデジタルデータの場合には、何を持ってオリジナルの写真であると捉えれば良いのであろうか。
 別の問題点として写真を公開する場所に対する事項がある。現在のように、誰でもネットワーク上に公開できる環境では、何が良い写真で、何が悪い写真なのかという曖昧さが生じてくるのではないだろうか。
かつて、写真が編集によって異なった意味を持ってしまう、あるいは大きく歪曲されてしまうことを回避するためにマグナムという写真家集団が生まれた。しかし、写真家が一方的に写真を世に送り出しているのでは無く、写真家と新聞・雑誌というマスメディアとの間には適度な緊張感があったにも係わらず、ネットワークに直接自分の写真を提示できる現代では、お互いをチェックする機能が欠如している。また、写真展を経て、写真集という形へと結実させようとしていた過程よりも、ネットワーク上での提示で終わってしまう可能性が高くなり、保存・保管という点での写真の優位性が薄れてしまうのではないだろうか。
 また、カメラの高性能化によって、例えば、フィルムの特性などを知らなくても誰でも簡単に撮れてしまう状況では技術面での平均化、表現の画一化の恐れがある。

4.写真と社会とのかかわり
 マスメディアを介して社会に提供する写真として、報道写真と広告写真という二つの側面があるが、リアリティとファンタジーという両極端のスタンスを持ちながら、いずれも写真を使うことで説得力を持たせようとしている。
先に挙げたように、報道写真は、マスメディアによって社会の揺れ動く姿をそのまま世界へ見せつけるかのような使われ方をしていた。広告写真も消費社会において、常に時代を先取りしながら歩んで来たと言える。
笠原美智子は、著書「写真、時代に抗するもの」の冒頭で、湾岸戦争、あるいは9.11同時多発テロ以降にフォトジャーナリズムやドキュメンタリー写真の意味や役割が変わってきたことを述べる。湾岸戦争においては、「高度に情報操作され、ハイテク技術を駆使した結果、テレビをとおして私たちに供給されたイメージは、みごとにバーチャル化した戦争の映像であった」(2)と挙げるように、攻撃によって人の命が奪われているにも関わらず、その光景が隠蔽された映像は、ベトナム戦争などで写真家たちが伝えようとした「リアルな戦場」とは全く違ったものとなっていた。
 また、「浴びせられるほどに大量に供せられるイメージとまったく伝えられない映像、こうした視線の非対称性があからさまなかたちで進行しているのが現在、9.11同時多発テロ以降である」(3)と述べるように、巨大なメディアや国家のような強大な権力によって情報が選別される状況では、写真自体はリアルな現実を捉えていたとしても、偏った判断しかできないであろう。
 笠原はこのような言葉で疑問を投げかける。

 けれども、さまざまな意見や立場や記憶を封殺し、もしくは視線の
 非対称によって他者への想像力を失ったとき、過去、私たちの歴史に
 なにが起こっただろう。
 写真はいま、どのような表現をしたらいいのだろう。この視線の非対称が
 顕著ないま、巨大な力に組せずに、単純化されたわかりやすさに疑問を
 抱かざるえない表現者たる写真家は、誰に向かってどのような立場をとって、
 どのような表現をするのか。(4)

5.社会へ発信する写真
 この論説は、現代社会によって写真の在り方が変わっているという考えに基づくものであるが、逆に写真が社会に対して影響を与えてきたということも事実である。
 例えば、先に挙げたベトナム戦争では、アメリカ側、あるいはベトナム側というどちらか一方のスタンスで戦争を捉えるのではなく、中立のスタンスで戦場を俯瞰した写真家やジャーナリストが多数存在した。彼らが写真を介して捉えた戦場の姿は、その後の社会運動へ影響を与えた。
 
 人間世界のありようが、生存環境ごと危機的状態になりつつある中で、
 写真の、とくにメディア写真のありようも、大きく変わろうとしている。
 さすがの大魔法使いもその恐るべき力を失いはじめている。(5)

 マスメディアが発する言葉とともに写真を見せるだけではなく、写真そのものから伝わっていく力強さが要求されるのである。

5.おわりに
 現代アートの出現以降、写真がアートの表現の一つとして認知されてきたことも、写真の変化の現れと言えるだろう。
 日本の写真の変遷を辿ってみると、例えば、木村伊兵衛には「スナップショット」、土門拳には「リアリズム」、森山大道には「アレ・ブレ」、荒木経維には「私写真」というように、写真家と深く結びついている表現方法やテーマがあった。
 また、写真家ではないが、森村泰昌や、やなぎみわのような美術家は、写真の持つ特性を生かした作品を作り出した。

 これまでにあげた作品例からも明らかなように、1950年代から
 70年代初頭にかけて現代美術に取り組む芸術家たちは、写真や
 複製技術(ポップアート)、表現行為それ自体を問い質す手段
 (コンセプチュアルアート)、記録手段(ランドアート)と
 して作品に取り入れることによって、従来の芸術作品のあり方に
 対して問いを投げかけたり挑戦することを試みていたと言える。(6)

 ベンヤミンは、複製技術によるアウラの喪失や、脱アウラ化した写真による歴史的転換点の発生を様々な著書で述べたが、21世紀は写真がフィルムからデジタルへと転換するなかで、記録として写真を撮るフォトグラファーの側面と、作品として想いを伝えるフォトアーティストの側面とのバランスを取って行く必要があるだろう。
(3428字)

■ 註
(1)「写真を<読む>視点」小林美香著、青弓社、2005年、48ページ
(2)「写真、時代に抗するもの」笠原美智子著、青弓社、2002年、8ページ
(3) 同書、9ページ
(4) 同書、11ページ
(5)「メディア写真論」佐野寛著、パロル舎、2005年、13ページ
(6) 前出「写真を<読む>視点」、202ページ

■ 参考文献
・「写真を<読む>視点」小林美香著、青弓社、2005年
・「写真、時代に抗するもの」笠原美智子著、青弓社、2002年
・「メディア写真論」佐野寛著、パロル舎、2005年、13ページ
・「ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読」多木浩二著、岩波書店、2000年

November 03, 2009

東京での情デ交流会2009

11/1は、六本木のDesign Toughを見た後、人形町のサテキャンへ移動して、情デコースの交流会へ参加してきました。

U原先生を始め、在校生と卒業生が総勢14名参加という予想以上の参加者が集まりました。
在校生の方は卒制着手生と三年次最終プレゼン予定者が多くて、新入生が少ない(1名)状態でした。
空デもそうだけど、情デも2009年度生はおとなしめ(?)なのか、この手の交流(飲み会)への参加は少なそう...
ちょっと残念ですね。

私はと言うと、一緒に卒業したH野くんと久しぶりにあえたりして、楽しかったです。
また、何人かが住んでいるところや、以前住んでいたところが思いのほか近いことが判り、ローカルなネタで盛り上がってましたね!?
約二時間があっという間に過ぎて、物足りなかった感じです。

で、今回の交流会は、最後の人形町での開催になるかもしれないと言うことで、土曜日は課題を放り出して配付資料(人形町地図と人形町にまつわるクイズ)を作ってました!?
思いのほか写真素材が無くて残念...
しかも、フィールドワークのスクのときに人形町で撮影した写真が残っていないことが判りました。
ちょっとショックです!!

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November 02, 2009

六本木のデザインイベント

この日曜日は、六本木ミッドタウンで開催中の"Design Touch 2009"のイベントの一つであるカンファレンスを聴講してきました。
と言っても、アートディレクターの水野学氏のレクチャーは30分遅刻、そのあとのサントリー美術館が学芸員の三戸氏のレクチャーはデザインというよりも日本の美人画の変遷ということで「ちょっと違う視点からのデザイン」という感じで、ちょっと物足りなさがありました。
で、最後に奈良の麻製品の製造メーカ「中川政七商店」代表の中川淳氏と、本学デザイン科非常勤講師の西澤氏とのトークセッションを聞かせて頂いたんですが、これももう少し時間があったら、という感じでした。
内容もデザインの具体的な手法というよりも、デザインを生み出す前のもっと上位の思想・方向性に対することで、経営に対するデザイン(デザイナー)の役割とは何かという内容でしたね。
水野氏の話と繋がりますが、クライアントの求めるものとデザインなどのアウトプットを如何に合致させるかがアートディレクションなのかもしれませんね...

ところで、水野氏がデザインの質を上げるための方法を挙げてたんですが、その一つは「1時間で50のアイデアを出す」と言うものでした。
思わず50ノートを思い出してしまった次第です!?
あっ、それと、中川淳氏が私と同じ会社に勤めていたのにもビックリしましたねえ〜

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