学問・資格

おこしやす

こんな大学あるそうだ。
「京都おこしやす大学」

正規の大学ではなく、京都市観光協会がしたものらしい。
京都の市内全体をキャンパスに見立て、文学や伝統産業など7つの“学部”別の講座と体験型の旅行をセットし、講座と旅行プランに計5回出席すれば、受講認定書をもらえるらしい。ただし、最低3回は旅行プランに参加するのが条件とのこと。旅行プランも普通の観光コースでは無く、本学の地域文化演習ものなのかな?
東京では10月から6回開講されるとか...

講座といえば、本学通信教育部の特別講義も10月からスタートするようで、情デの第一弾は東京での開催。
でも、平日の夜(10/13の金曜日!?)なんでキツイな...
アニメのとき(11/4)は、ちょうどスクーリングでサテキャンに居るんだけど、17時開始ではスクーリングの途中ですねえ。

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卒制発表会

2006年度分のシラバス受け取りました。
スクーリングカレンダーの最終版も情デのwebに掲示されたので、学習計画練らないと。
3年次は7/15からスクーリング開始なのね。GWは「自宅で課題をするように」と言うことか...
学習意欲が湧くように、東京で行われる「情報デザイン概論」を聴講しようかなあ。

さて、卒制発表会の感想です。
時間が経ったので、作品を見た直後の印象から変わってきたところもありますけど(租借した?)...

まずは、情デのコース賞の作品から。
最初見たときは、同一の外見の立方体なのに、重さが違うものを混ぜることによって、それをいじっている人が感じる「意外性」や「違和感」を狙ったのかと思いました。
でも、立方体の並び順は人が触るたびに変わっていくので、必ずしも作者が決めた順番通りとはなりません。
ということも有って、後になって作品の意図ってなんだとうと考えてみたんですが、この作品には「意外性」や「違和感」を他者へ伝達するという要素もあるかも、と思うようになりました。
最初に重いものが来たら、次も重いだろうと思って身構え(心構え?)をしたのに、思いのほか軽くて、その気持ちをはぐらかされたり。この一個だけだと思って気を抜くと、また重いのものが来る。
そういう体験をすると、こんな並べ方もあるよなあ、とパターンを変えてみますよね。で、そのままにしておくと次の人(他人)が、同じような思いをして、更にパターンを変えていく、っという感じで。
知らない人間同士が作品を通してコミュニケーションしていくって、まさに「情デ」の本質が秘められているように思えてきました。
あくまでも私の主観ですので、答えは作者の方へ...

その他の作品(情デ)については、また後で。
次は、情デではなく、学長賞となった建デの作品に関して。
建デやランドスケープの卒制作品を観るのは好きなんですが、一つ一つの作品の中身が濃いので時間がかかり、集中力が続かないです。ついでに立ち続けているので、足腰にもきます...(苦笑)
なんで、建デやランドスケープの卒制作品が好きなのかというと、プレゼンのボードから、発想を具体化して作品へと作り上げていくなかでの「説得力」を強く感じるからです。特にランドスケープ作品における都市開発の提案とか大規模はものがあるので、当たり前と言えば当たり前のことかもしれませんが...
で、学長賞作品ですが、建デの卒制では、同じテーマ(3テーマ)でディプロマ作るみたいですが、この作品では、「公の環境において個人の場所を構築する」という観点と、「公の環境で個人と個人との交流を促す」という観点というが含まれていたように思えます。
建築物に対するデザインの斬新さだけではなく、昨今の生活環境の問題点とか、そのような社会性も考慮されていました。でも、個人的には、そこにこの空間を設けると、外の音がうるさいんじゃないかな、と思った部分もありましたけど。

去年も感じましたが、染織や陶芸コースの作品にはアート傾向がかなり強いものがありました。基礎があるから崩せるんでしょうね。
情デの作品は、アートとデザインという軸で考えると、染織/陶芸と建デ/ランドスケープの中間くらいかなあ...

ところで、京都御所の近くにある護王神社
ここは、足腰にご利益があるらしいです。昨日、散策中に知って、思わずお賽銭をあげちゃいました。

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E本先生の特別公開講義

日曜日の特別公開講義の続きです。
さすがに、100枚のシートを全て書き写すことはできなかったので、心に引っ掛かったものだけピックアップしてみました。(著作権に引っ掛からないようにちょっと変えてます...)

■ 自分が何が欲しいか、ではなくて、人間や社会が何を欲しがっているかを考えよう。
■ 普通の人が考えていることを、深化させて、形にするのがデザイナー。
■ デザイナーは、ideaではなくvisionを持つべし。
■ そういう意味ではデザイナーは、単なる造形家ではなくて思想家である。
■ 人に情報を送る側の人間になったとき、いかに早く判りやすく、正確に伝えるかがポイント。
■ 情報の持つ「味」に敏感で、情報の取り合わせに堪能となるべし。

自分が目指す方向性が明確となったような感じです。
(注.さっぱりした?エロおやじを目指すわけではないです...)

ところで、故武部本一郎の画集「武部本一郎SF挿絵原画蒐集 【1965~1973】上巻」(ラピュータ)が発売されるらしい。
氏の絵(東京創元社の文庫本ノイラスト)は「造形論」のレポートで引用させて貰ったが、それを含んでいる、過去に発売されたものはいずれも絶版なので、めちゃくちゃ嬉しい!!
なので、早速予約(加藤直之氏の画集も)したが、制作が難航しており、発売日が予定より遅れているとのこと。待ちきれない!

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公開シンポジウム

この週末は、京都では情デの「卒制・最終プレゼン」が行われていますが、お金をケチった私は、本学の比較芸術学研究センタの企画による「家屋、庭園、風景 -京都の地平から-」という公開シンポジウムを聞きにいくため、都内に出かけてきました。
「日本では古来から日常生活と芸術とが密接に関わっている」という観点から、衣食住という日常生活における「文化」と「芸術」の関わりを紐解いていこうということで、今回は「住」をテーマとしたシンポジウムでした。
公開ということで、参加者が多くて、150人以上が入っていました。(平均年齢高め)

内容は、基調講演として、京町家で実際に生活されている方からの話と、ウィーンのシェーンブルグ宮殿内にある日本庭園の修復に関する話を。そのあとは、学長から「月と住まい」との関わりを題材とした文学作品の紹介と、パネル・ディスカッションとなってました。

全体を通して印象的だったのが、京町家という我々にとっては「伺い知れない空間」が、実は日本人が昔は普通に過ごしていた「日常生活」を残し続けていたということでした。
一つは、四季との関わり。
光の入り方だったり、包丁を入れた野菜の香りだったり、祭事などのイベントだったり、日常生活の中から、さまざまな形で四季の移り変わりを感じられるとの話をされていました。最近の我々の生活ではは四季の移り変わりを実際に感じる事が少なくなったような気がします。他からの情報によって「四季の変化」を感じてしまったり。田舎で住んでいた頃は、木々の変化や太陽の光の加減などで変化を感じたものでしたけど...
もう一つは、人と家のつきあい方(ふるまい)に関すること。
無意識のうちに人と家が対話していると言う感じでしょうか。「うちのなかに違う感覚が存在する」という言葉で話されていました。今の家は、西洋のようにトップライトになったせいで、昔の日本家屋のような「陰影」が無くなったということだそうです。(日本では横から採光する考えとのこと)
これに関して、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃 」に対するするどいツッコミがありました。(彼がこの本を書いた同時期に「夏にはクーラーが無いと過ごせない」みたいな事を他の本に書いていたとか...)

ディスカッションが短かく(学長による前段の話が長かったせい)、テーマが掘り下げられないうちに終わってしまった感じがするなど、物足りないところもありましたが、全体としては、自分の守備範囲を拡大するのに繋がりそうな感じがしました。秦家の映像を納めたDVD、ほしいなあ。

そう言えば、本学長を生で見たのは初めてだったような...

PS.昔は、床の敷居を踏むと親とかに怒られたものですが...(秦家では敷居を踏まれて困っているらしいです。青竹踏みじゃないですよぅ...)

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「デザイン5 最終プレゼン」の聴講

さて、先日の土曜日は「デザイン5 最終プレゼンテーション」の二日目を聴講させて頂きました。
この日プレゼンされた方は16名。ノートを見返したら、11月に聴講させて頂いた「卒制 中間プレゼン」でプレゼンされた方と同数でした。
今回は最終プレゼンということで、何はともあれ作品ありき。
前日のプレゼンでも一人居たそうですが、この日も企画だけという人が一人居ましたけど、評価を下す先生の方は大変そう。
F先生は、企画書を最終形態として評価することも有りだからとコメントしていましたが...

先生達のコメントをノートにメモっておいたので、ランダムに列記してみると、こんな感じ。

■ メディアの特性/特質が生かされた作品なのか?
■ 作品としての奥深さはどうか?
■ 表現する技法が最適なのか?
■ 物の見方について、角度を変えたときも検証してみたのか?
■ 色の与える印象について考えてみる
■ テーマとして一番のポイントをどう表現するかを徹底的に考えてみたのか?
■ いろいろな要素を折り込み過ぎてテーマがボケてしまっていないか?
■ 作者の思いが画面に表現されているのか?
■ 表現の幅広さの必要性
■ 全体のバランスへの配慮(前半に対して、後半の展開が弱い)
■ 映像説明のテロップの必要性への考慮
■ 文字と映像との関連性への考慮
■ ストーリーを解説するだけの映像となっていないか?
■ 逆説の発想
■ 音の必要性への考慮
■ 視点とその解釈

個々の作品に対する具体的なコメントの内容は勿論違いますけど。言わんとしていることは同じなんですかね。
「卒制 中間プレゼン」でのコメントとも同じなのかな。ただし、こっちは中間なので、企画書のみのプレゼンというのもありましたが。

で、自分なりにちょっと考えてみると、今回は、あくまでもデザインという視点での作品制作なので、自分自身のメッセージを明確に具現化というのが根底にあると思ってます。「自分自身の」というところや、表現の手法・技法に縛りが無いところがあるので、アート系作品みたいな感じになることもあるか思いますが、他者にメッセージやテーマがちゃんと伝わらないと意味が無いように思えます。
この1年の(2回目の)2年次生活で、以前みたいにアートとデザインを区別して考えることは無くなったので、それらを融合した作品にたどり着ければ、来年は「デザイン5 最終プレゼンテーション」にトライしたいですねえ。それまでに表現力や技法についてもいろいろ吸収しないと...(果たして辿り着けるものなのか!?)

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